ニーズDB:医師インタビュー
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出江 紳一 先生
東北大学大学院医学系研究科
肢体不自由学分野 教授
肢体不自由学

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1.ご専門の分野について

専門は肢体不自由学である。疾患としては、脳卒中や脊髄損傷などの中枢神経の疾患、病気や怪我で起こる運動の障害をあつかう。リハビリテーションとして、手足の動きだけでなく、口やのどなども含め広い意味での人の運動や活動、行動、行為などに生じる障害を扱う。疾患は共通していても、整形外科医が骨折を診たり、脳外科医が脳卒中を診たりすることとは視点が異なる。

主な治療法としては、理学療法と作業療法、言語療法、義肢装具療法を行う。理学療法には物理療法が含まれ、物理療法の例としては、電気刺激法がある。このほか、少し侵襲的になるが、神経ブロックといわれる注射で筋肉の緊張を緩める痙縮の治療がある。職場の管理者であるため、自身で実施することはほとんどない。
先進的な研究テーマとしては、頻度は少ないが、脳を経皮的・非侵襲的に刺激する「経頭蓋磁気刺激法」を行っている。入院治療を含む所定のプロトコールで今年は2例実施した。経頭蓋磁気刺激は電気刺激としての側面を有するので、物理療法の一部と考えられるが、少し位置付けが異なる。


2.ご専門分野に関わる既存の医療機器について

■この10年で、診療成績の向上や患者QOLの向上におおいに貢献したと考えられる医療機器

① 診断
a) 核磁気共鳴断層撮像法(Magnetic Resonance Imaging:MRI)
MRIの検査技術の進歩は目を見張るものがある。この10年に限っても、さまざまな撮像方法が開発されて、今まで見えなかった病変や、脳の組織で見ることができなかった構造が見られるようになった。MRI検査は日常診療で非常に多く実施されている。

b) 超音波検査
超音波検査は精度が良くなり、整形外科領域での筋骨格系の検査としても使用に耐えられるようになった。超音波診断装置はリハビリテーションの診療に役立っている。
従来、超音波といえば肝臓や腹部臓器が対象領域だった。習熟した技師であれば約10年前から肩関節周辺の腱板断裂の診断も読めていた。最近では、骨以外の軟部組織の損傷を発見できる程度まで超音波の技術が高まった。

② 治療
a) 経頭蓋磁気刺激法
経頭蓋磁気刺激法もこの10年でいろいろな知見が蓄積されてきた。教室で2例と申し上げたように、まだ通常の診療の中に組み込まれてはおらず、貢献度としては高くはない。
経頭蓋磁気刺激装置は、コンデンサーに電荷を蓄えて放電するしくみであるため連続して刺激することが課題となる。技術の進歩により刺激の頻度が高まり、最大で50ヘルツの刺激が可能な装置が市販されている。トータルの刺激回数も増えた。ただし、50ヘルツで刺激を繰り返すとすぐに刺激装置が高熱となるため、高頻度かつ長時間の刺激に耐えられる装置ではない。装置の大きさはパソコンより少し大きいサイズである(一方、電気刺激装置はたばこのパッケージ大である)。
経頭蓋磁気刺激装置は、1985年に人への応用が報告され、当時の刺激の頻度は0.3ヘルツが限界だった。コンデンサーへのチャージに要する時間が1刺激あたり約3秒かかった。
1992年頃には水冷式でコイルが加熱しないようにしながら約5~10ヘルツで刺激する実験が行われ、1990年代後半に、その成果として、健常者の頭を刺激して痙攣を起こさない安全範囲が報告された。強い刺激で頻度を増やすと、健常者でも痙攣を起こす可能性があるので、運動皮質の興奮性が高まる様子をモニターして、これ以上は危ないと考えられる基準に達するまでの頻度や刺激強度、トータルな刺激回数などのデータである。これは米国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)によるものである。
1990年代後半には、高頻度刺激が人に対して適用されていたものの、その時点ではまだ反復して刺激することが脳にどのような影響を及ぼすかという研究が十分ではなかった。2000年頃に、反復して脳を刺激することが脳に一定の影響を及ぼすこと、刺激の仕方によって皮質機能をコントロールできることが分かった。低頻度であれば脳の皮質の機能を抑制でき、高頻度であれば活性化させられる。疾患としては、麻痺、高次機能障害(失語症や半側空間無視)に干渉できることが分かった。その機能と機序はまだよく分かっていない。


■既存の医療機器の改良すべき点について

① 治療
a) 経頭蓋磁気刺激法
経頭蓋磁気刺激装置の課題としては、装置の小型化(可搬化・携帯化)、長時間高頻度刺激への対応(刺激頻度、駆動時間、トータルの刺激回数)、刺激位置及び刺激範囲の選択性向上があげられる。これで時間的・空間的に治療の範囲が大きく広がる。
装置の小型化については、電力供給が問題になる。大きな電力がないと必要な電荷を蓄えられない。バッテリー駆動の装置を作る方向性もあるが、今のところ市販されていない。
小型化のイメージとして、患者の服の上から装着可能な装置が考えられる。現在の電気刺激装置を代替することが期待される。電気刺激装置では、電極のパッドを患者に貼らなければならず、これが患者にとって負担になっている。
長時間・高頻度刺激については、刺激発生中の装置自体の加熱が問題である。装置を加熱させずに刺激したい。素材の改良が考えられる。必要な刺激頻度(周波数)は、刺激部位によって異なる。たとえば、脳深部刺激療法で用いられている周波数は100ヘルツであるが、現在の経頭蓋磁気刺激の技術水準では100ヘルツの刺激を発生させられないし、脳深部を刺激することもできない。
選択性については、刺激位置の選択と刺激範囲の選択の2つがある。診断機器の場合は限局して刺激できることが望ましいが、治療機器の場合は必ずしもそうではなく、ある程度、広範囲での刺激も必要となる。物理学者による計算によれば、現在の経頭蓋磁気刺激の原理では脳深部に限局した刺激ポイントをつくることはできないという。この課題を解決するためには、臨床研究者、工学者、物理学者による共同開発体制が必要である。物理学者による計算をふまえて工学者がものをつくり臨床研究者が実験する。

b) 義肢装具
義肢装具は改良すべき点が多い。この10年間でプラスチックや金属など使える素材が増えた。チタンはまだ高いので、もう少し安くなってほしい。
パーツの技術も良くなった。これには2つの側面がある。メカニカルな設計と電子技術である。義足はメカニカルな仕組みの改良と、電子技術の導入による適応制御の実現により、機能が向上した。
ブレインマシンである必要はないが、パーツに組み込まれる技術として電子技術はもっと進歩してほしい。たとえば、ひざのジョイントとして歩行速度に対応して継ぎ手の抵抗値を変えるインテリジェント大腿義足がある。これも無限の歩行速度に対応しているわけではなく、何段階かの歩行速度に対応するようにできている。これはもう少し柔軟であってほしい。その段階を多くすること、段階を設けずに関数で速度の目標値を設定して制御すること、地面からの感覚や障害物などに対する様々なセンサーで感覚機能を持たせることなども考えられる。
人工物を足に入れるのであれば、歩くこと以外にも使えると人間としての活動能力を高められるかもしれない。義手もそのような視点でよいものができると、もっと使用者は増えるだろう。義手はかさばる割には機能が低い。片側の切断であれば日常的な動作の多くは片手でできるので、義手はほとんど使われない。装飾用に使う患者はいる。一部の患者はワイヤーで駆動するタイプを使うが、使用頻度は低い。電動義手はよいものができており、もっと使ってほしいが、支給体系、サービス、お金の出どころの問題があって普及が進んでいない。

c) 訓練ロボット
ロボットが訓練機器としてもっと入ってほしい。ロボットにより、療法士が患者の関節運動に施すような多彩な関節運動を実現してほしい。関節を動かすだけであれば、1970年代~1980年代に登場したCPM(Continuous Passive Motion)という関節を動かす機械がある。ひざから始まり、現在では肩や手にも対応している。この装置は、ほぼ一方向の動きを繰り返すだけの装置である。
患者自身がある程度身体を動かせるならば、患者を起こしたり立たせたりするような基本動作をアシストしたり、完全なパッシブモードなどとすることも考えられる。
歩行訓練のロボットも提供してほしい。歩行訓練機器は加重量をコントロールしてトレッドミルの上を歩かせるような機械である。そうした歩行訓練にもロボットが入ってきてほしい。


3.実現が望まれる新規の医療機器について

① 治療
a) 訓練ロボット
実現が望まれる新規の医療機器としては、療法士が行うような動作を再現してくれるロボットがあげられる。療法士は頭脳を使って、自分自身が行っていることをどのように再現させるかを考える。つまり療法士は司令塔になって、ロボットに指示を与えて、自分自身はあまり作業には入らないということ。そうすると、今の医療資源が有効に活用できる。ただし、人間の機能をロボットが超えることはないので、完全に療法士の仕事をロボットで置き換えることはできない。反復する部分など置き換えられることだけを置き換えてほしい。患者は日によっても調子が違うので、セラピストでないといけない。実現は夢のようなことである。
ロボットは行為をアシストするだけではなく、セラピストが行うような運動に対するフィードバックを行えることが求められている。それが実現すると運動の学習が大いに進むと思う。まだ実用に耐えるようなものはない。関節のごく限定された運動について反復してくれる機械は、夜も疲れずやってくれるので助かる。

b) 脳深部脳刺激療法の精神疾患への応用
脳深部脳刺激療法が今後どうなっていくか非常に興味深い。欧州では精神疾患(強迫神経症)に脳深部刺激療法を使っている。薬が電気活動に効くのであれば、電気活動を直接操作してやれば、薬よりもより直接的に効く可能性がある。


4.その他、医療機器の研究動向や今後の医療機器開発の方向性に対するご提言について

a) 医療機器の提供体制について
いいものが安くすぐに手に入る体制が必要である。国がまずその仕組みをつくることが大切である。いいものを安く作ることについて、企業にはぜひ力を発揮してほしいと思う。たとえば、電子カルテのメーカーに苦言を呈すると、メーカーは一番よいものをより早く出すべきである。メンテナンスのビジネスモデルということで、徐々にバージョンアップして小出しにする印象がある。それは患者さんのためにならない。医師はいつもベストの医療をやろうと努力している。1回で最も患者さんの負担の少ない治療をやれば患者はハッピーであり、医師は自分のハッピネスを最大化できる。企業もそうあってほしいと思う。

b) 臨床現場について
臨床現場については、新しい機械がどんどん出てくるので、教育が大変である。シミュレーターも多数開発されており、一部ではよく勉強できる。内視鏡も練習できる。いつも最高の技術を持って臨むという方向は更に進んでいくと思う。

c) 大学の研究体制について
大学は医学部と大学院の教育と、そこでの研究ということになる。特に国立大学は資金的に国からの予算が大幅に減額され、苦しい状況にある。その中で欲しいのは人である。医療機器には大きな予算が付くのに、人を雇えない状況がある。大学の執行部も研究は人がするということをよく考えるべきである。学位も持っているような研究者の定数を減らして、経営を考えるようなやり方は、結局は最大の宝物を捨てることになる。大学は優秀な人材をできるだけ多く持つべきである。米国のような人事考課や制度を無理に持ってきて、日本には合わない仕組みをつくっているという気がする。研究者が落ち着いて研究する雰囲気がどんどんそがれている気がする。それは機器開発にも良くない。

d) 医・工・理の開発体制について
利用する物理現象の原理まで追求する必要があるような機器では、天文学に向かうような物理学者が参画すると非常に発展するし、新しい機器が生みだされると思う。

e) 理科教育について
治療方法のない患者に対して、効果の明らかでない高額な医療機器を紹介する業者もいる。治療効果が見込めないということを患者自身で判断できるように、理科教育がしっかりなされていってほしい。テレビ番組で紹介される医療情報には効果のあるものもあるが、それを見分けるためには、小学校、中学校のレベルで自然科学の勉強が重要である。メディアの人材も研究成果を正しく伝えるために理科教育が必要である。


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