ニーズDB:医師インタビュー
一覧 > 詳細 < 前へ  

吉田 哲 先生
東京慈恵会医科大学
循環器内科 教授
循環器内科

詳細はPDFこちら
1.ご専門の分野について

専門は循環器内科である。主に狭心症や心筋梗塞の患者に対して経皮的冠動脈形成術(Percutaneous Coronary Intervention:PCI)を行っている。

PCIのうち実施件数が最も多いのはステント留置術であり、当院での年間実施件数は200~250例である。他院でもPCIの指導等を行っており、その件数は年間100例前後である。


2.ご専門分野に関わる既存の医療機器について

■この10年で、診療成績の向上や患者QOLの向上におおいに貢献したと考えられる医療機器

(1)ステント
この10年で医療の進歩におおいに貢献した医療機器としてはステントがあげられる。
① ステント登場以前の治療方法とその問題点
心筋梗塞や狭心症の患者に対する最も代表的な治療方法に経皮的冠状動脈形成術(percutaneous transluminal coronary angioplasty:PTCA)がある。PTCAでは、バルーンカテーテルと呼ばれる医療機器を用いる。バルーンカテーテルは、先端にバルーン(風船)が取り付けられたカテーテルである。患者の体を小切開してバルーンカテーテルを血管内に挿入し、心臓の冠状動脈の内腔が狭くなった場所までバルーンを移動させ、バルーンを膨らませることで血管を押し広げる方法である。PTCAは、患者の体を小切開するだけで治療できることから、開胸手術に比べるときわめて低侵襲であることから、広く普及している。
しかし、バルーンカテーテルだけで治療をした場合、血管を拡張した後で再び血管が狭くなる“再狭窄”が40%前後の割合で生じるという大きな問題があった。再狭窄は、バルーンで拡張する際に血管内皮に傷がつくことによる血管内皮の肥厚、血管が元の状態まで縮まろうとするリコイルにより生じるといわれていた。
なお、PTCAを行えない病変の場合は、開胸による外科手術か薬剤治療が選択される。外科手術は患者の負担が大きくなる。薬物治療は一時的に症状を抑えることができるものの、対症療法であり、根本的な治療にはならない。
② ステントの使用による再狭窄率の低下
ステントは、バルーンカテーテルで拡張された血管が再び狭くならないよう、血管内に留置する医療機器である。ステントを使用すると血管内腔が押し広げられた状態が保たれやすくなる。ステントの種類としては、大きく分けて、ベアメタルステント(金属材料のみのステント、bare metal stent:BMS)とドラッグエルティングステント(薬剤溶出ステント、Drug Eluting Stent:DES)の2種類がある。
まず、約10年前に、ベアメタルステントが国内で使用されはじめた。当時、バルーンカテーテルのみによる治療の再狭窄率は40%前後であったが、同様の症例であれば、ステント留置術の導入により再狭窄率が20%~25%まで減少した。再狭窄の生じるスパンも3ヶ月から、3~6か月と長くなった。
2004年からドラッグエルティングステントが使用されはじめた 。ドラッグエルティングステントはステント表面に薬剤を含んだポリマー等が塗布されており、血管内に留置後、ステントから少しずつ薬剤が溶出される。再狭窄率は10~15%に改善し、再狭窄のスパンも8~12ヶ月と長くなった。
③ 適用症例が拡大したことで、全体でみると再狭窄率は減少していない
ただし、適用された症例全体でみると再狭窄率はそれほど下がっていないといわれている。理由は、ステントが使われるようになった当初は、ステントに最も適した症例のみに使用されるため再狭窄率が減少したが、医療機器の性能と術者の技能が向上したことで、より難度の高い症例へと適用が拡大されたからである。
④ ドラッグエルティングステントは必ずしも生命予後を改善しない
ドラッグエルティングステントを使用する場合としない場合とで生命予後に変化がないことが指摘されている。ドラッグエルティングステントから溶出される薬剤が血管内皮の形成を抑制し、血管内でステントがむき出しになり、血管内壁はある種の炎症を起こしたような状態になる。そして、数%の割合で、血栓が生じ、患者が死に至る。このように、ドラッグエルティングステントでは再狭窄は抑制するが、その一方で致命的疾患を誘発する可能性があることから、生命予後に変化はないと指摘されている。
このように生命予後が変わらないというデータがあることから、米国ではよりコストパフォーマンスのよいベアメタルステントが選択され、ドラッグエルティングステントの利用は減少している。
このデータは米国人患者のデータである。日本でドラッグエルティングステントが使用され始めてからまだ4年しか経っておらずドラッグエルティングステントを留置した日本人患者の生命予後に関する長期データが揃っていない。そのため、日本人にドラッグエルティングステントを使用した生命予後データが米国と同様であるかどうか、現時点では判断できない。

(2)マルチスライスCT
マルチスライスCTは冠動脈の画像診断に大いに貢献した。従来のCTとの違いは、回転で複数枚の断層画像を撮影できる点である。
マルチスライスCTは1998年に使用され始めた。その後、検出器が4列、8列、16列、64列とより多列化されるなど性能向上が進められてきた。現在のデュアルソース64列マルチスライスCTは、0.08秒で(90度回転)1枚のスライスが撮影できる。撮影時間が短いため、動きの激しい心臓も正確に撮影することができるようになり、画像診断の精度が向上した。
① マルチスライスCTによる診断精度の向上
画像診断装置の精度に関する代表的な指標は、陰性的中率 、感度 、特異度 の3つの指標である。陰性的中率は4列の装置でも95~96%と高精度であったが、現在は99%に達している。感度と特異度は、4列のマルチスライスCTの的中率は70~80%、64列のマルチスライスCTの的中率は90%程度である。
検出素子の増加とデータ処理性能の向上によりCTの撮影時間も短縮された。撮影時間の短縮は、患者の負荷を軽減させ、より正確な検査を可能にした。具体的には、心臓(撮影領域幅10~15センチ)の撮影時間は、4列で30~35秒、16列で17~20秒、64列で8秒である。
一方で、放射線の被爆量は増加したという問題もある。
最近は、心臓カテーテル検査を行わず、CT撮影のみとするケースもある。

(3)薬物療法
薬物治療の改善・進歩は患者のQOL、予防の改善に大きく寄与した。代表的な薬では、スタチンと抗血小板薬があげられる。これらに関しては大規模臨床試験による定量的な情報がある。
① スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)
スタチンはコレステロール降下薬である。スタチン系のコレステロール降下薬は多種あるが、いずれも大規模臨床試験で実績がある。コレステロール降下治療において、病気がおきる発生率を抑える「一次予防」、再発を予防する「二次予防」両方の予防効果が、いくつかの研究で実証されている。
② 抗血小板薬
抗血小板薬はこの10年の発見ではないが、アスピリン潰瘍の副作用が軽減され、患者のQOLに貢献した医薬品である。抗血小板薬は、血小板の働きを抑える薬である。血小板は血液を固める働きをするため、動脈硬化が進んでいる場合、狭心症を発症する危険がある。抗血小板薬を服用することで、血栓ができるのを防ぐことができる。代表的な抗血小板薬としてはシロスタゾール、チクロビジンなどがあげられる。さらに副作用が少ないチクロピジン系の抗血小板薬のクロピドグレル、アルガトロンバンなどが新たに開発された。日本では認可されていないが欧米ではGP Ⅱb/Ⅲa 阻害剤(GP 2b/3a inhibitors) が既に使用され始め、予後が改善したと報告されている。


■既存の医療機器の改良すべき点について

(1)ステント
① 改良すべき点
現在使われているステントの問題点として、ステントの素材が指摘されている。金属がむきだしのステントが血管内にあると、血液が常に被曝され、血栓ができやすくなる。そのため患者は、血栓を防ぐ抗血小板薬を長期間、飲み続ける必要がある。
今後期待されるステントは、十分な強度をもち、生体吸収されるステントの開発である。
DESが患部に薬を塗り血管内腔を拡張した後、血液中に溶けて体外に排出されるステントが最も理想的だが、現在の技術ではまだ実現できないだろう。現在利用されている技術では、例えば、手術に使用する糸は生体に吸収されるが強度が足りない。人工骨は強度の点では十分かつ生体に吸収される素材ではあるが、柔軟性がないため心臓の表面の冠動脈には不適切である。現存のいずれの素材も血液中に溶けてなくなるのではなく、組織で白血球に貪食されているために、同部位に炎症が起きていることになり、厳密には吸収されているわけではない。
また、早期に内皮細胞をつくり、ステントがむき出しにならない状態を作る技術も報告されている。ストラット表面の血管内皮前駆細胞(endothelial. progenitor cell:EPC)が血液中のEPCを捕捉し、ステントの内皮下を促進するこの方法は技術、コストの両面で現実的である。しかし、実験は現在足踏み状態である。
ステント以外では、DCA(Directional Coronary Atherecto:方向性冠動脈粥腫切除術)で動脈硬化部分を削る方法もあるが、高速回転によるやけなど、かえって生体の傷がひどくなるため施行は減少している。
井垣医療設計(現京都医療設計)と玉井先生が整形外科で使用されるプレートに近い性質のステントを共同で開発した。しかし、硬い骨には吸収されるプレートも柔らかい冠動脈には吸収されないなどの問題点があり、実用化には至っていない。
② 今後の展開
バルーンカテーテルやステントを用いた血管形成術では、今後飛躍的に進歩することはないと考えられる。
この分野の医療機器の改良と術者の技能が向上することで、一時的に再狭窄率は減るかもしれないが、新たな技術を適用する病変が増えれば、結果的に再狭窄率が大きく変わることはないだろう。

(2)マルチスライスCT
① 改良すべき点
マルチスライスCTの改良が望まれている点は、マルチスライスCT自体と画像処理を行うCPUの両方の性能の向上である。マルチスライスCT自体については、検出素子の列の増加、列間隔の短縮、回転速度の改良、およびガントリの回転速度の改良である。
画像処理については、膨大な画像データの処理である。撮影時に着目した疾病以外にも異常を発見できる可能性があり、コンピュータにより自動で探索できるとよいだろう。
ステントが留置された血管も撮影できるようになるとよいだろう。現在は、血管内にステントがあると放射線が透過しづらく、内部を撮影できない。金属部分の隙間から放射線が入るよう細かく撮影すれば血管内の状態を撮影できるかもしれない。
② 今後の展開
今後、マルチスライスCTは現在の64列からさらに128、256列へと検出器の列が増えるだろう。ドイツでは既に324列があり、1回転しなくてもCTの撮影が可能になっている。
CPUの進歩次第ではあるが、10~15年後は、心臓カテーテル検査ではなく、マルチスライスCTによる診断が一般的になると考えられる。CTで見えにくい病変(例えば石灰化が強い病気など)はスクリーニング的にCT撮影し、その後カテーテル検査を行うようになるのではないか。

(3)MRIによる冠動脈撮影
磁気共鳴画像装置(Magnetic Resonance Imaging: MRI) による冠動脈撮影も進展する可能性が高い。MRIの長所は、磁力を使うため放射線の被爆がなく低侵襲であることである。今後、MRIがCTと同様に冠動脈の診断できるようになれば、冠動脈の診断方法に与えるインパクトは大きいだろう。ただし、撮像スピードと解像度の問題から、実現にはまだ時間がかかると思われる。心臓の動きに同期させてMRIで撮像する方法も、同様に、一スライスをつくる時間が長すぎることが今後解決すべき課題である。


3.実現が望まれる新規の医療機器について

(1)ドラッグエルティングバルーン
カテーテル等を用いて血管壁の組織に直接、薬剤を注入する手法(ドラッグエルティングバルーン)が有用と考えられる。ドラッグエルティングバルーンはステントの代わりにバルーンを用いて薬剤をデリバリする手法で、薬が塗布されたバルーンを拡張する際に血管壁に薬剤を取り込ませる。ドイツで開発が進められている。
ドラックエルティングバルーンの薬を造影剤と結合させて血管の中に取り込ませることができれば、治療後の観察も可能で画期的となる。

(2)再生医療
血管または心筋の再生医療の確立が求められている。心筋の再生は長期的な課題である。1日10万回も拍動する心臓では心筋の細胞を生着させることが難しい。短期的には血管新生が主となるだろう。薬剤の注入により選択的に血管新生を誘発する方法である。
現時点での再生医療の課題は、細胞の培養に成功しても狙いどおりの組織や臓器の立体構造を構築できないこと、大きな細胞の培養は難しいことなどである。

(3)人工血管
患者の血管細胞から人工血管を作りだすことができれば、治療時の拒否反応を避けられるだろう。
現在の人工血管は、最も細いもので内径6ミリメートルだが、心臓の血管の場合は、内径4ミリメートルのものが求められる。径が小さくなると閉塞しやすい。もともと、人工血管には内皮細胞が形成されないため血栓が形成されやすく、閉塞しやすい。内腔に内皮を形成させられる人工血管を作ることができれば閉塞を防げるだろう。

(4)マイクロバブルによる静脈の超音波造影
マイクロバブルを用いて静脈の超音波造影を行うことが考えられる。静脈は血流が比較的緩やかであり、バブルで薬剤を留まらせることもできる。一方、動脈は血流の圧力が強く、この手法は有効でない。


4.その他、医療機器の研究動向や今後の医療機器開発の方向性に対するご提言について

患者も医者も、低侵襲かつ低コストで、従来と同等かそれ以上の成果を得られる診断方法・治療方法を望んでいる。特に循環器領域では特に侵襲の大きな治療が行われるため、こうした要望は強い。
循環器領域の治療について、従来の方法では、進歩に頭打ちの感がある。現在も新たな治療法の研究開発が進められている。今までの傾向では10年サイクルで新しい医療機器や技術が登場していることを考ええれば、2010年ごろにまったく新しい医療機器が登場するかもしれない。


MINIMALLY INVASIVE Medical Technologies

シーズDB
  先進企業情報
  重要論文情報

ニーズDB
  医師インタビュー
  臨床医Web調査
  患者Web調査
  過去の臨床側アンケート

リスクDB
  市販前プロセス情報
  市販後安全情報
  PL裁判判例情報

  

低侵襲医療技術探索研究会
  アーカイブ   

リンク
  学会
  大学/研究機関
  クラスター/COEプロジェクト
  行政/団体
  その他

メールマガジン