ニーズDB:医師インタビュー
一覧 > 詳細 < 前へ  | 次へ >

丸毛 啓史 先生
東京慈恵会医科大学
整形外科学講座 教授
関節外科

詳細はPDFこちら
1.ご専門の分野について

専門分野は膝関節外科である。

人工膝関節置換術の実施頻度がもっとも高い。年間の実施件数は100件程度である。
次に多いのは靱帯再建術である。膝関節内の靱帯を再建するための手術である。前十字靱帯の再建がもっとも多く、年間50例程度である。靱帯再建術とは、関節外の腱組織を採取して関節内に移行し、前十字靱帯を作る手技である。靱帯再建術そのものは50年ほど前から行われているが、技術の進歩により、内視鏡を見ながら靱帯をつくりなおすという方法へと発展を遂げている。


2.ご専門分野に関わる既存の医療機器について

■この10年で、診療成績の向上や患者QOLの向上におおいに貢献したと考えられる医療機器

a)診断
i)MRI
画像診断技術では、MRIがこの10年で最も進歩した。他の画像診断技術では、関節に針を刺したり造影剤を投与したりするなど、ある程度の侵襲があった。MRIにはそういった侵襲がなく、かつ、高い診断能を実現している。

b)治療
i)内視鏡
この10年間で変わったことは、内視鏡手術がさまざまな関節でできるようになった点である。膝関節をはじめ、最近では、指関節の手術や他の関節内靱帯の再建術にも内視鏡が使われるようになった。今や、各分野で内視鏡的な手術が非常に大きなウエイトを占めている。一般に大きく切開したほうが手術しやすいと思われがちだが、内視鏡で手術したほうが、対象組織の詳細を把握でき、ポイントをつかみやすいことも多い。
内視鏡に関わる周辺機器の技術も非常に進歩した。これらの進歩に伴い、患者への侵襲が低減化され、入院期間も非常に短縮された。
各関節によって内視鏡手術の導入時期が異なるため手術の成熟の程度にズレがあるが、全身のほとんどの関節で行われるようになり、その適応範囲も広がった。整形外科領域ではじめに内視鏡手術の技術が実用化された部位は膝で、1980年代以降、急速に普及した。現在、膝の内視鏡手術手技は、ほぼ確立した状態にある。周辺機器についても、一定のレベルに達した。一方、脊椎では、膝から遅れて内視鏡手術が発展中である。現在、機器も含めてダイナミックに進歩している段階にある。

ii)内視鏡の周辺機器
カメラの性能が非常に良くなった。最近ではハイビジョンの内視鏡手術ができるようになった。昔は周辺機器の質が悪く、光量不足や、CCDカメラの質が悪いことによる術野の狭さなどが課題だった。
膝の内視鏡については、丸毛教授が内視鏡下膝前十字靱帯再建術を開始した1988年当時にはかなりのレベルには達していた。


■既存の医療機器の改良すべき点について

i)内視鏡
内視鏡手術中の映像を記録として残せて、それを解析できることも重要である。内視鏡の録画装置や解析装置は、今後どんどん発達するだろう。

ii)ナビゲーション装置
日本では10年ほど前から、人工膝関節置換術の際にナビゲーション手術が行われるようになった。これは、術前に患者の膝関節と上下の股関節・足関節を含む3次元情報をコンピュータ上で再構築し、仮想空間上で人工関節手術の計画を立て、その計画を手術場へ持ち込み手術をサポートするためのものである。
術前の計画では、患者の大腿骨と脛骨のどの位置でどのように骨を切るか、また、どの大きさのインプラントを挿入するかを検討する。手術場では、仮想空間上の位置情報と患者の位置情報をマッチさせ、コンピュータ画面を見ながら実際の骨を切る。
当該技術の一番の課題は、装置の価格が非常に高い点である。また、コンピュータ機器であるため、ハードとソフトのアップデートも必要になり、イニシャルコストもランニングコストも医療機関にとっては大きな負担となる。


3.実現が望まれる新規の医療機器について

i)手術トレーニング技術
外科では技術を伝えるプロセスが必要かつ重要である。現在は、主治医の監督指導の下で、実際の患者の手術を行う際に技術が伝えられている。その前段階として、バーチャルリアリティでトレーニングできる技術があれば、スタートラインのレベルがある程度高くなり、医師にとっても患者にとっても望ましい。
具体的には、あたかも実際の手術を行っているような感覚で、指導医と一緒にトレーニングできるものが考えられる。内視鏡を通してみた術野が見られるだけでなく、たとえば再建術までバーチャルでできるなど、実際の手術のシミュレーションができるようになることが望ましい。また、実際に骨を切断する感覚などが得られると良い。
既存のトレーニング技術はまだ、こうした臨床現場の要求水準には達していない。

ii)内視鏡手術中に解剖学的な位置関係を把握できる技術
内視鏡の強みは、治療の対象ポイントをより近くで詳細に見られることである。一方で、術野周辺を含めた全体像を把握することが難しいことが弱みである。外科系でもっとも重要なのは解剖学的な知識である。内視鏡手術の際は局所解剖を把握できなければ、周辺組織と術具との位置関係が分からなくなり、神経や血管を傷つけるリスクとなる。
工学技術によって解剖学的な位置関係の把握を支援できれば、より正確で安全で、低侵襲な手術ができるようになる。たとえば局所解剖の情報を内視鏡の映像に重ねて、全体像のどこを見ているのかをイメージできるものが考えられる。熟練医には不要かもしれないが、熟練する過程にある医師のサポートにはなる。
特に、脊椎内視鏡では神経のすぐそばを触るため、こうした全体像を把握できることの重要性は高い。

iii)カッティングガイド技術
現在の人工膝関節置換術では、骨の切断の際の基準になるものとして骨髄の中に太い棒を入れ、手術を行っている。しかし、リスクも出血も多く、感染、塞栓症などの合併症のもとにもなる。ナビゲーション装置を用いても、手術時間の延長、赤外線感知装置を骨に設置するための新たな侵襲、ナビゲーション装置に習熟するまでのいわゆるlearning curveの存在などが問題となる。
こうした問題を解決する新しい技術として、コンピュータ上で患者の人工膝関節手術をシミュレーションし、その結果に基づき患者固有のカッティングガイドを作製する技術が登場している。
カッティングガイドは、骨切りの基準として、患者の大腿骨および脛骨の関節面にはりつけて使用するもので、個々の患者の骨にあわせたオーダーメイドのカッティングガイドである。これが実現できれば、ナビゲーション装置がなくても、シミュレータがあれば手術できる。
数年ほど前からこの技術の開発が始まり、米国ではこの4月から臨床応用が始まっている。この技術は普及していくだろう。

iv)組み立て式の人工関節
多くの人工関節は一体型だが、最近、体内で人工関節のパーツを組み立てるという技術も検討されている。手術の傷はできるだけ小さいことが望ましいが、人工関節はある程度の大きさがあるため、いくら小さく切開したくても限界がある。そこで、人工関節をパーツに分けて入れ、中で正確に組み立てられれば、本当の意味での最小の侵襲が実現する。
そのためには、それぞれのパーツが骨にぴたりと合い、パーツ同士もぴたりと合わなければならない。また、骨切りも正確でなければならない。人の手では誤差を下げられないため、ロボット技術が必要となる。いまのナビゲーション手術で誤差範囲は3ミリ以内となっているが、それよりもさらに厳密であることが求められる。既存のロボット手術機器は、大掛かりで費用と時間がかかりすぎるため使えない。
おそらく、体内組み立て式の人工関節の実現には、可能な場合でもかなりの時間がかかるだろう。


4.その他、医療機器の研究動向や今後の医療機器開発の方向性に対するご提言について

【企業との共同研究について】
私どもの講座では、これまで運動器のコラーゲンに関する研究に重点をおいてきたが、この数年、人工関節などの医療機器の研究にも力を入れるようになった。医療機器メーカの臨床開発にも協力しているし、共同研究も行っている。適切な関係のもと推進されるべきであると考える。

【筋骨格系疾患の診断・治療の方向性について】
i)再生医療
再生医療には非常に注目している。現在、靱帯再建では自家腱組織を使わざるをえないが、患者自身の組織を犠牲にすることが課題となっている。過去に人工材料を使った再建も試みたが、すべて臨床的な要求レベルに達していなかった。また、わが国では同種移植も社会的にやりにくい環境にある。
もし、再生医療技術によって、患者自身の腱組織を再生できれば、上記のような課題が解決できる。ただし、皮膚や軟骨とは異なり、実現が非常に難しいだろう。腱の再生にあたっては、適切なスカフォールド(足場)、サイトカイン、メカニカルストレス等をうまく組み合わせる必要があろう。最大のポイントは、in vitroには血行がないことである。培養方法としては、関節鏡で細胞を採取し、スカフォールドに細胞をまき、サイトカインなどを用いてある程度、腱組織を再生させたら、いちど患者(あるいは抗原性のない動物)の皮下に戻すなどしてさらにボリュームのある腱を育てる、といった特殊なプロセスが必要かもしれない。筋肉、腱、靱帯など、力学的強度を必要とする運動器の組織を再生することは容易ではない。
靱帯は絶え間なくストレスがかかる部位であり、こうした部位に使われて劣化しない人工材料はないと思われるため、現時点で人工材料を使うことは想定できない。

ii)医療用の顕微鏡
三鷹光器株式会社のマイクロサージャリー用の手術顕微鏡は非常に優れていると評判である。こうした優れた企業であれば、他の整形外科領域についても非常に良い機器を開発できるのではないか。

iii)良い医療機器を早く実用化するための仕組み
良い技術は早く実用化できるよう、国で仕組みをつくるべきである。
カッティングガイドについては研究開発が進んでいるが薬事承認前の状況にある。カッティングガイドが日本の臨床で使えるようになるのはかなり先になるだろう。
当該技術をわが国の臨床現場でも使えるよう、以前は高度医療としての認可を得ようとしていた。しかし厚労省に書類を提出した後、書面上のやり取りをし、半年が経過した頃に、突然、薬事承認を得てから先進医療に書類を提出するように言われた。どのような子細でこのような事態になったのか不明であるが、いずれにしても、良い技術を早く実用化させようという仕組みにはなっていない。

iv)医師の業務効率化と適正配置
政府が医師数を増やそうとしているが、その戦略は間違えている。医師を増やせば医療費が増加するだろう。また、我が国の全人口はすでに減少し始めており、65歳以上の人口も2041~42年以降は減っていくことにも考慮すべきである。
いまは一人ひとりのドクターが効率よく動けていないため、効率を上げ、医師を適正に配置すれば、医師のマンパワーは十分に確保でき、かつ、医療費を増やさずに済む。
効率向上のためには、まず事務的なサポートの充実が必要である。基本的には医療事務(カルテ、オーダリングシステム)に関する部分である。電子カルテには使い勝手の良いものがない。また、オーダリングシステムは不備が多い。システムの改変に膨大な費用を要するため、これを避けようとすると紙媒体が必要になる。医師は現在、オーダリングシステムと紙媒体の両方での作業を求められ、事務作業が以前よりも増えている。
これを解決するため、患者と向かい合って話していると音声がそのまま取り込まれ、大事なポイントがカルテに残る、といった仕組みが必要である。そうすれば、医師は、コンピュータのほうを向かずに、患者に向かい合って話せるようになる。
また、医師の適性配置のためには、ある程度計画的に人を配置しなければならない。いまの仕組みでは医師が大都市に集中しがちである。以前は大学の医局がコントロールセンターとなっていたが、弊害ばかりが指摘され、これがなくなってしまった。大学の医局に代わりうるコントロールセンターが見いだせないまま混乱を来しているのが現状である。マスコミの責任は極めて大きい。


MINIMALLY INVASIVE Medical Technologies

シーズDB
  先進企業情報
  重要論文情報

ニーズDB
  医師インタビュー
  臨床医Web調査
  患者Web調査
  過去の臨床側アンケート

リスクDB
  市販前プロセス情報
  市販後安全情報
  PL裁判判例情報

  

低侵襲医療技術探索研究会
  アーカイブ   

リンク
  学会
  大学/研究機関
  クラスター/COEプロジェクト
  行政/団体
  その他

メールマガジン