ニーズDB:医師インタビュー
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松本 秀男 先生
慶應義塾大学病院
スポーツ医学総合センター教授
関節外科

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1.ご専門の分野について

膝関節外科を専門とし、スポーツ外傷と変形性関節症や関節リウマチなどを主に扱っている。

スポーツ外傷については靭帯再建術と半月板に対する手術を行っている。半月板の状態によって、切除する場合と縫合する場合とがある。いずれも関節鏡視下で手術を行う。
変形性膝関節症については人工膝関節置換術が主である。
当院ではスポーツ外傷と変性疾患あわせて120例ほどが実施されている。関節鏡は若手医師を中心に実施している。自身では膝関節置換術を年間100例、関節鏡手術を年間10~15例ほど実施している(当院以外の医療機関での実施件数も含む)。


2.ご専門分野に関わる既存の医療機器について

■この10年で、診療成績の向上や患者QOLの向上におおいに貢献したと考えられる医療機器

a)治療
i)関節鏡
関節鏡の手術は30年ほど前から一般に行われる様になったが、手術に関連する機械がこの10年で著しく進歩した。手術中に使う電動シェーバーなどの各種電動機器が非常に良くなった。
また、関節鏡の使用中に使うモニターの画質の解像度が高まった。光がより強くなったことにより、手術中に使う関節内の水の透過性などが良くなり、手術中に術野を詳細に確認しやすくなった。
なお、手術中に把持したり掴んだりするための機械はそれほど変化がみられない。
ii)人工関節
人工関節では、可動域、素材・形状、ナビゲーションシステム、最小侵襲手術(MIS)といった観点で進展した。
<可動域>
人工関節の可動域をより拡大させる動きが進展した。海外ではこれまで可動域は90度あれば良いとされてきたが、日本人のライフスタイル等には合わない。
<素材・形状>
素材や形状の改良が進展した。大腿骨側と脛骨側の両方で金属やプラスチックなどの素材の工夫が進んだ。また、セラミックなどの新しい材料の開発、表面コーティングなども進んでいる。形状については、ストレスが加わりにくく長持ちするものが検討されている。
<ナビゲーションシステム>
ナビゲーションシステムが導入され、股関節の手術ではある程度有用となっている。股関節はからだの深部にあり、外から見ただけでは人工関節を設置する角度を把握しづらいためである。一方、膝関節は外から見て角度等を把握しやすいため、現在のところナビゲーションはまだ十分に力を発揮していない。
有用性を否定するものではないが、現時点のものでは手術時間が長くなり侵襲も増すため、必ずしも患者のためにはなっているとはいえない部分もある。
<最小侵襲手術(MIS)>
最小侵襲手術(MIS)については、機械の改良が進み、従来20cmを切開していた手術が10cm以下の切開で済むようになった。大腿四頭筋を切らずに手術できるため、手術後の回復が早い。しかし、長期成績が今後の問題である。
iii)軟骨移植
患者の軟骨を採取して培養し、患者の体へ戻す技術が進歩している。広島大学の越智光夫教授を中心に研究開発が進められている。今後が注目される治療法のひとつである。


■既存の医療機器の改良すべき点について

a)治療
i)3次元的表示が可能な関節鏡
3次元的な表示を行える関節鏡の開発が進んでいる。初心者が立体感覚や距離感をトレーニングするうえで有効だろう。ある程度経験を蓄積した医師は2次元画像を見れば3次元像を頭の中で構成できるため、あまり必要性を感じないだろう。
ii)関節鏡下に軟骨移植する技術
関節鏡下に軟骨移植する技術が望まれる。軟骨移植では軟骨を目的の場所にどう移植するかが課題となっている。目的の場所に移植できたとしても別の場所へ流れて滑膜炎の原因になることもある。こうした問題の解決策として、広島大学では磁気を使って細胞を集めるといった試みが行われている。
現在、軟骨移植の際は、移植部位が大きい場合には切開して軟骨を移植している。さらに、移植組織が流れないよう、パッチをあてる等の対策が取られている。
iii)最大屈曲可能な人工関節
最大屈曲が可能な人工関節が望まれる。関節をゆるゆるにすれば最大屈曲可能だが安全性に問題がある。人間の場合、最大屈曲の際はほとんど脱臼に近い状態になる。人工関節の場合はプラスチックと金属でできているため、接触面積が小さくなると磨耗が起き耐久性の低下を来たすといった問題がある。接触面積を十分にとり、かつ最大屈曲をどう実現させるかが課題である。
iv)リファレンスが改善され、術中様々な応用ができるナビゲーション
リファレンスフレーム(骨の位置を決定するマーカー;現在は直接ピン、スクリューを用いて骨に固定する)を固定する際の侵襲が軽減され、手術全体の所要時間が短縮されたナビゲーションが望まれる。現在、ナビゲーションを用いたための追加所要時間は慣れた人で15分、慣れていない人で30分である。またリファレンスを骨に固定のための追加的な侵襲も大きい。
術中様々な応用ができるナビゲーションが望まれる。血管と刃との位置関係や刃の向きなどがリアルタイムで正確に表示されるようになれば有用である。現在は電動の刃の振動に起因する位置誤差が生じ、画像を信じると血管を傷つけるリスクがある。
いまの技術水準であれば熟練医が従来の方法で実施したほうが、手術時間が短く侵襲も小さい。今後、ミリ単位で正確な手術を確実に行えるようになれば、ナビゲーションが有用になるだろう。
v)人工関節置換術のMISにおいて直視不可能な領域を表示する技術
人工関節置換術のMISにおいて直視不可能な領域を表示する技術が望まれる。MISでは小さく切開するため、大きく切開する場合に比べて直視できない部分が多くなる。見えない部分をどう安全に処理するかが課題である。切りたい部分(骨)と切ってはいけない部分(血管、神経)が分かり、位置を正確に把握できることが望ましい。
当教室では現在、ナビゲーション等の他の技術と組み合わせた技術を開発中である。
vi)安全・確実・安価な軟骨移植
培養細胞の安全性と確実性の確保が必要である。細胞は培養中に変性することがあるため、移植用の培養軟骨細胞が、本来の軟骨と同じものになっている必要がある。細胞の年齢の問題もある。継代しなければ細胞は増えず、細胞分裂を繰り返す間に細胞が年をとる。
また、培養軟骨を対象部位で確実に生着させられることも重要である。実際には、移植した培養軟骨と、移植先の周囲の軟骨との癒合が難しい。ケミカルな刺激(サイトカインなど)を加える、機械的刺激を加える、といった工夫を加えることで、培養軟骨と移植先の軟骨との境界を融合させる必要がある。
細胞を滅菌的に培養するためのコストがかかることも問題である。
vii)人工靭帯
実用に足る人工靭帯が望まれる。当院では1982年頃に人工靭帯を開発し、患者の治療に適用していた。しかし、人工靭帯の断裂や、ウエアパーティクル(破片)による滑膜炎の発症といった問題が明らかになった。臨床での利用に耐える強度の人工靭帯は実現していないため、近年は使用していない。
現在、靭帯断裂の治療は自家腱移植が一般的である。しかし、自家組織の一部を犠牲にする手技であるため、将来的には人工靭帯のもっと良いものを開発することが必要である。
viii)半月板の機能再建技術
半月板の機能再建技術が望まれる。半月板がだめになっている場合には切除せざるをえない。しかし、関節のクッションがなくなってしまうため、今後、なにかでつくれないかと期待している。
既存の取り組みとしては、ティッシュエンジニアリングや靭帯を移植するといった試みがある。工業技術でも半月板と同等の力学特性を持つものの再現はできるが、筋肉を使ってそれをどうやって動かし、どうやって細かい動きを再現するかが今後の課題となっている。


3.実現が望まれる新規の医療機器について

i)バイオロジカルな人工関節
バイオロジカルな人工関節(究極的には自家骨・軟骨再生によるもの)が望まれる。いまの人工関節は金属や樹脂、セラミックなどでできているが、人工物には長期的な耐久性や強度等が不足している。
究極の人工関節は、自分の骨や軟骨でできた再生医療による関節である。しかし、再生医療で関節を治療しようとすると、メカニカルな強度をどう確保するかが課題となる。また、組織の再生を待つ間、関節を使えなくなることも課題である。
ii)バイオロジカルな人工靭帯
バイオロジカルな人工靭帯が望まれる。人工関節と同様に、自家細胞からできた人工靭帯ができるとよい。
たとえば、強度を確保するためのスカフォールド(足場)、中央に繊維組織、両端に骨組織、繊維組織と骨組織との付着部に軟骨組織を備えたワンセットをつくり、そのまま体内に移植する。体内に移植されたスカフォールドの周囲にコラーゲンができ、必要な細胞が配置されていくような再生プロセスを構築できれば理想である。
iii)バイオロジカルな人工半月板
バイオロジカルな人工半月板が望まれる。インマチュアな(成熟しきっていない)状態で体内に移植し、体内で組織を成熟させられるとよい。
周囲に骨が付けられた半月板の移植に挑戦している研究者もいる。骨と骨とは癒合しやすいが、軟骨と軟骨は癒合しにくいためである。


4.その他、医療機器の研究動向や今後の医療機器開発の方向性に対するご提言について

【企業との共同研究について】
医療機器の開発において医工連携は必要な取り組みである。当教室では、上智大学の工学部、慶應義塾大学の工学部、明治大学の工学部との連携を行っている。医工連携で面白いと感じるのは医師とエンジニアとで開発の考え方が違う点である。両者でよくディスカッションすれば、よいものを開発できるだろう。医師とエンジニアとの考え方の違いとしては、たとえば、医師は臨床経験から組織性状に加えて「患者の痛み」を考慮しようとするが、この点はエンジニアには難しい。また、医師は成熟しきっていないものを体内へ入れて体内で成熟させようと考え、エンジニアは完成させたものを体内へ入れようと考えるといった例がある。
民間企業との連携も積極的に行っており、現在も人工関節の共同研究を行っている。開発の方向性が同じで、研究成果を発表でき、連携しやすい企業からのオファーがあれば共同研究をしたいと考えている。良い成果を出すためには、医師と開発現場のエンジニアとのディスカッションが重要である。企業との連携で難しいのは、研究結果を論文にしづらい点である。内容が機密であることに加えて、米国の雑誌は、企業と一緒に取り組んだ研究の価値を低く見る傾向があるためである。この背景には、ネガティブな結果が出たとき、医師としては将来の実用化につながるエビデンスのひとつとして公開していきたいが、企業側はかならずしも積極的になれないことが挙げられる。

【筋骨格系疾患の診断・治療の方向性について】
i)研究費の申請手続きの簡素化
研究費の申請手続きをもっと簡素化し、研究者が研究に専念できるようにしてほしい。
ii)研究費の用途の柔軟化
研究費の用途もっと柔軟にしてほしい。簡単な例では、海外の学会で発表する際、出張旅費の規定ではエコノミークラスのみ認められており、自己負担によるアップグレードができず中高年の研究者等には負担である。研究者をもっと信じて研究費を使わせてほしい。
iii)医療機器等の審査の迅速化
海外の新規の医薬品や医療機器を国内で使おうとすると、承認されるまでに非常に時間がかかる。たとえば海外で新しいデザインの人工関節ができても、日本で使えるまでに3~5年かかる。もし良いと思う機器があっても承認されるまで待つしかない。患者が米国に行ってでも手術したいというケースや、患者が承認されるまで待ち続けるケースもある。個人輸入という方法もあるが、問題発生時に輸入した医師が個人で責任を負うことになるため、実際には難しい。治験に関わる事務処理、制度、その他様々な面で問題がある。


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