ニーズDB:医師インタビュー
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奥津 一郎 先生
おくつ整形外科クリニック
院長
整形外科

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1.ご専門の分野について

専門は整形外科、特に手の外科、機能再建外科である。
対象とする疾患は、手根管症候群、肘部管症候群などの絞扼(こうやく)性神経障害、変形性関節疾患や拘縮などである。

実施頻度の高い手技は内視鏡手術で、年間約470件実施している。内訳は手根管症候群400件、肘部管症候群30件、残りはその他の手の外科関連疾患である。

これまでの延べ内視鏡手術件数は手根管8,100件、肩900件、肘部管200件などである。1986年、まだ低侵襲手術が注目されていない時代に、関節外(腔間のない部位)の内視鏡手術に興味をもち、自ら開発した機器を用いて世界に先駆けて手根管症候群の内視鏡手術を施行した。開発した器械「USE system(Universal Subcutaneous Endoscope system)」は、透明な閉鎖性外套管と関節鏡より構成され、日米で特許取得し、現在ではタクト医療株式会社から販売されている。1995年には手根管症候群の内視鏡手術の成績を画期的に向上させる術式(屈筋支帯とdistal holdfast fibers of the flexor retinaculum (DHFFR)を切離する術式)に変更した。


2.ご専門分野に関わる既存の医療機器について

■この10年で、診療成績の向上や患者QOLの向上におおいに貢献したと考えられる医療機器

a)診断
i)末梢神経障害の診断機器
絞扼性神経障害の診断では電気生理学的検査が行われるが、この10年で、安価(数十万円)で、かつ末梢神経障害に対する特異的な診断をしやすい装置が登場した。20年前の装置は汎用型で1千万円程度であった。

ii)関節鏡
関節鏡の画像はこの20年で非常によくなった。画素数は25万画素から125万画素以上になり、3CCD方式になったことで見え方がまったく異なるものになった。日本製と米国製とを比較すると日本製器械の耐久力が不足している。日本製を使いたいが、修理費や買換費の関係で米国製を使わざるをえない。現在米国製の製品が6台稼動しているがこの6年間に修理費等はかかっていない。

b)治療
手根管症候群の内視鏡手術は20年以上基本的な術式、手術器械は変化していない。


■既存の医療機器の改良すべき点について

a)診断
i)スケール可変式の末梢神経障害診断用の電気生理学的検査装置
スケール可変式の末梢神経用の電気生理学的検査装置が求められる。現在使用している安価な電気生理学的検査装置はスケールを変更できない。以前、日本企業がスケール可変式の装置を開発したが、症例数を確保できなかったことや、販売予定台数不足のために治験を行うことができず販売には至らなかった。


3.実現が望まれる新規の医療機器について

a)治療
i)関節外内視鏡手術のための止血機器
関節外内視鏡手術のための止血機器の開発が望まれる。止血対象は1mm径以下の血管である。小型で強度があり小切開口から挿入できる「ミニクリップ」、「凝固器(熱による)」、「結紮器(糸で結ぶ)」などが考えられる。技術的には可能と考えられる。
内視鏡手術の一番の問題は術後の出血である。より安全で確実な止血機器が開発されれば術後出血の心配が減り、一層外来日帰り手術の適応症例が増加する。

ii)良性骨腫瘍に対する内視鏡手術機器
良性骨腫瘍に対する内視鏡手術機器の開発が望まれる。内視鏡手術を確実に安全に行うためには専門の機器が必要である。手術の対象は、主として四肢の長管骨である。以前、国内企業に声をかけたことがあるが、何度か話は聞いてもらえるものの、具体的な研究開発としては進展しなかった。


4.その他、医療機器の研究動向や今後の医療機器開発の方向性に対するご提言について

【企業との共同研究について】
企業との共同研究には積極的である。必要であれば企業と共同研究をしたい。
共同研究はスピードが重要である。開発期間は1年以内が好ましい。
また、アイディアを出した医師を尊重すべきである。共同研究では症例の多い大病院等がイニシアティブをとる傾向にあるが、アイディアを出した医師が尊重されるべきである。自身がUSE systemの米国特許を取得したのはパイオニアであることを証明するためである。
USE systemは日本の企業であるタクト医療株式会社(医療機器販売会社)と開発した。海外の医療機器メーカーと機器開発を進めた経験もある。米国の企業は、開発医師に開発器械を用いた場合の医療事故等の全責任を負わせるような契約を求めたために契約に至らなかった。英国の企業は、透明の外套管の外側に他の器具走行のガイドとなるタナ(軸方向に沿った段差)をつくることを希望した。しかし、タナをつくるとタナ周辺の内視鏡画像にゆがみがでるし、タナとタナ周辺のフレキシビリティの差が外套管の破壊の原因となるため、好ましくなかった。一般に海外の企業は日本企業よりも利益を追求しようとする印象がある。企業によっては使いやすさより販売しやすさを優先したり、必要以上にキット化をして高額な製品にしようとしたりする。医療の本質とは何かを基本としていない。

【筋骨格系疾患の診断・治療の方向性について】
i)手根管症候群に対する内視鏡手術の診療報酬点数について
手根管症候群診断のポイントである「手根管内圧測定」を診療報酬に加えてもらいたいと考えている。なお「手根管開放術」は厳密に言えば「正中神経除圧術」である。なぜなら、手術の目的は手根管を開放することではなく正中神経の圧迫を取ることだからである。手術名を変えるだけでも治療成績が向上するだろう。
また、内視鏡手術の場合には内視鏡の滅菌費用を加味した診療報酬としてもらいたい。私のクリニックでは、高温による内視鏡器械の劣化を避けるために低温プラズマによる滅菌を行っている。ランニングコストは、滅菌1回あたり1万円+カセット代1,800円程度かかっている。

ii)新たな医療機器を使用しやすい保険制度
高度先進医療の適用に関する問題に代表されるように、現在の日本の医療保険制度では青本(社会保険研究所「医科診療報酬点数表」)に掲載されている医療でなければ行えないが、診療目的を達成できるのであれば自由に手段を選択できる制度にしてほしい。

iii)低侵襲手術に対する患者の意識改革
低侵襲手術に対する患者の意識改革も必要である。低侵襲手術は簡単な手術という意味ではなく、それなりにリスクが含まれている。低侵襲手術というだけで選択するのはよくない。

iv)患者が技術をもつ医師個人を選ぶ時代へ
これからの医療は変わる。大病院志向でなく技術をもつ医師個人を選び受診するようになるだろう。技術のある医師に患者が集まり、さらに経験が積まれ、技術レベルが向上する。大病院でも患者の来ない施設では経験を積めず技術が向上しない。こうした循環がより明確になるだろう。すでに、ある個人クリニックでは患者が集まりすぎて受診待機期間が7年にもなっている。

v)医師の技術レベルが手術成績に与える影響について
一般に学会等で手技間の手術成績が比較される場合、患者の状態や医師の技術レベルが同程度であることが前提とされる議論が行なわれているが、実際には患者の状態も医師の技量もさまざまである。当院と同じ手術器械を用いて同じ手術を行って合併症発生率30%という学会発表があった。当院では8,100件行って合併症発生率は0.03%である。手術を適用した患者の状態が同水準であったとすれば医師の技術レベルが影響したということである。これは恐ろしいことである。技術レベルが不十分な医師が手術を行うことで患者のQOLを損ねる可能性があるし、治療法に対して否定的な印象を広める可能性もある。なお、医師の技術レベルは、解剖学的知識を備えていることが最も重要だか、立体感覚があるか、事象に対して適切に対処できるかといった個人の資質にも大きく影響されていると感じることがある。

vi)医療機器開発に対する医師の姿勢について
現在の医療機器開発は医師主導でなく医療器械メーカー主導という印象が強い。学会でも、メーカーが作った機器を使った結果に関する発表が多い。自分で考え、こういう機器を作ったという発表が多数行われることが理想である。疾患の要因を明らかにして解決するにはどうするのか。外国の模倣でなく、本質をみて、考えることが重要である。
自身の経験からいえば、関節外低侵襲手術を誰も考えていないときに関節外の内視鏡手術に関心をもった。「関節外をどう安全に見るか」ということを6年近く考え、USE systemの考案に至った。また屈筋支帯を切離して手根管を開放してもよくならない例があり治療成績が安定しなかった。そして1995年、DHFFRという組織の発見に至った。1つの術式の開発・完成には多くの時間がかかるものである。
これまでの発展を振り返ると30年くらいの発展サイクルであった。今後はこのサイクルが短縮されて10年くらいで変わってくるかもしれない。

vii)患者視点での評価について
治療方法に関しては患者視点での評価が重要である。医師と患者とで治療法に対する評価が異なる。手根管症候群の観血手術と内視鏡手術を片手ずつ受けた患者に、術後の痛みの違いを尋ねると内視鏡手術のほうが、術後の痛みが1/10程度と答える例もある。DASH(Disabilities of the Arm, Shoulder and Hand)等により上半身の身体機能の評価が試みられているが、こうした評価では患者の感覚が十分スコアに反映されない。

viii)大学病院の役割について
診療面では、大学病院は高度医療に特化し、最後の砦として機能してもらいたい。地域医療は中小病院、診療所が担う。保険制度による収益確保等の理由で大学病院等が地域医療も担うことにはあまり賛成できない。特定の治療については診療所が高度医療を担う時代である。大学病院はどんな疾病も確実に診断をつけ、24時間体制でどんな手術でもできるという体制がほしい。このためには大学病院にマンパワーの余裕が必要だが、医療は利益があがらないものであり、不採算部分は国が補填するしかないだろう。残念ながら現状では、大学病院をはじめ、いくつかの大病院を受診しても診断がつかず、当院に来院する患者がいる状況である。
研究面では、大学病院は世界的に一流の研究をしなければならない。米メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)では手根管症候群だけでも数多くのプロジェクトがあり、短期間に成果を出せる体制であると聞いている。日本は大学ごとの特色が少ない。

ix)再生医療
再生医療は興味があるが、臨床でどう使われるのかは未知数である。この分野では米国が大きく先行している感があり日本はなかなか追いつけないだろう。36年前、入局した頃すでに米国の医学書に前駆細胞の記述があった。日本では「こんなものが本当にあるのか」という状況で研究を立ち上げる機運すらなかった。

x)政府による国内企業の支援の必要性について
国内の医療機器産業を育成するために、政府による支援も必要だろう。
例え特許を取得していたとしても米国で行われる訴訟で、日本企業が米国企業に勝つことは難しいだろう。米国企業の立地する州で陪審員も裁判に参加するので、日本企業は極めて不利になる。日本政府の外交通商的な努力に期待したい。


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