ニーズDB:医師インタビュー
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橋爪 誠 先生
九州大学医学研究院
先端医療医学部門先端医療医学講座教授
消化器外科

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1.ご専門の分野について

基盤となる専門分野は消化器外科で、ここから救急医学や内視鏡外科にも専門領域を広げ、臨床と医療機器開発の両面から医療に関わっている。
消化器外科領域では、厚生労働省の難治性疾患克服研究事業において、門脈圧亢進症の研究班の班長を長年にわたって務めてきた。門脈圧亢進症の研究の関連で、救急医学、特に災害救急医学の分野に携わるようになった。また、門脈圧亢進症の治療が内視鏡を使った治療に変わってきたことがきっかけで、内視鏡外科に関わるようになった。消化器領域のうち、特に、肝臓、脾臓、および上部消化管を専門としている。
当院においては、先端医工学診療部の部長と救命救急センターのセンター長を務めている。先端医工学診療部では、内視鏡外科やロボット手術といった先端医工学に携わり、消化器外科領域の医療機器の研究開発を行っている。救命救急センターでは、脳外科から整形外科、泌尿器、婦人科、小児科といったほぼ全ての診療科をカバーしており、救急外来だけでなくICU、HCU、CCCも管理下においている。

先端医工学診療部では、橋爪氏は消化器領域の内視鏡手術、ロボット手術などに携わっている。
救命救急センターでは非常に多様な部位・疾患を取り扱っており、手技の種類も様々である。当院の救命救急センターの年間の患者数は約6,000人である。


2.ご専門分野に関わる既存の医療機器について

■この10年で、診療成績の向上や患者QOLの向上におおいに貢献したと考えられる医療機器

1)治療
① 内視鏡
外科分野で顕著な変化をもたらした代表的な医療機器は内視鏡である。
診療成績については内視鏡手術と従来の開腹手術とで大差はないが、患者QOL向上については内視鏡手術が圧倒的に優れている。また、傷が小さくてすむためコスメティックな観点からも優位性がある。患者からのQOLや低侵襲性への要望も高い。こうした背景から、内視鏡手術が選択されることが多くなっている。
消化器領域で内視鏡手術の対象となる臓器は、食道、胃、大腸、肝臓、脾臓、胆のうなどである。現在、胆のう摘出術の95%以上が内視鏡を使った手術により行われており、開腹手術は減ってきている。


■既存の医療機器の改良すべき点について

1)治療
① 内視鏡
(鉗子の使い勝手の向上)
内視鏡手術ではまだ、従来の開腹手術と同様の操作性が実現できていない。自由度が高いといわれている鉗子でも、術者が自分の手のようには操作できず、鉗子先端による把持と鉗子の回転までしかできない。開腹手術のような自由度の高さの実現が求められている。
(カメラの高度化)
内視鏡の映像は術野を2次元で再現しているため、遠近感が出ず、精密な治療のためにはある程度の訓練を必要とする。たとえば「da Vinci」では3次元のモニターが開発されているが、肉眼と比べるとカメラの視野が狭い。カメラの高度化は今後の課題となっている。
(触覚の再現)
開腹手術では、術者が病変部位の硬さやがんの有無などを触って確かめられる。一方、内視鏡では、実際に触ったり見たりして得られるような組織の硬さと柔らかさ、あるいは血管の拍動や血の色などの情報が得られない。力触覚の伝送技術などの開発が進んでいるが、内視鏡に装備できるような小さなデバイスとしては実現できていない。

② 手術支援ロボット
内視鏡の操作性を補うものとして、手術支援ロボットが開発されている。最も普及している「da Vinci」は、世界で1,000台近くが利用されており、その内訳は米国が約700台、欧州が約170台である。
しかし、現時点の技術はすべての手術に使えるほどには成熟しておらず、脳・心臓領域への応用は難しい。肺などの胸部、あるいは泌尿器科や婦人科などの腹部領域での利用が増えている。米国では、「da Vinci」で行われた手術の約7割は前立腺手術である。


3.実現が望まれる新規の医療機器について

1)治療
① 手術支援ロボット
現段階では、手術ロボットのマニピュレータの手首の自由度を向上させる等の開発にとどまっているが、将来の手術支援ロボットには、イメージガイド下手術ができる機能が必要である。今の手術支援ロボットでは、開腹手術で得られるような触覚情報や視覚情報が十分に入手できない。触覚や視覚のほか、臓器の機能に関する情報、解剖学的な情報、生体が持つバイタルサインなどの情報を術者に伝えながら手術を行う(Information Guided Surgery)ことが、今後の外科手術の向かうべき方向性であると考えられる。
将来的にはコンピュータ外科手術(Computer Aided Surgery)が実現し、コンピュータ外科手術でなければ精緻な手術ができなくなる時代がくるだろう。
最終的には、ロボット手術はオートメーションサージャリーに発展するだろう。実際、研究開発はそれに向かって進んでいる。オートメーションサージャリーの課題のひとつは、消化器や肺などの臓器変形への対応である。動き続ける臓器の中の病変部位を自動的にとらえ、リアルタイムでターゲットを追随しながら治療するための開発が進んでいる。放射線科領域では、モレキュラーイメージングなどの技術を用いてこの課題を克服しようとしている。ドラックデリバリーシステム(Drug Delivery System:DDS)の技術が発展すれば、ターゲットを確実に標識できるようになり、狙いどおりの病変部位を治療できるようになる。
サイバーナイフやガンマナイフは目標を定めて、それに向かって照射する治療なので、オートメーションサージャリーのひとつといえる。

② 拡張現実感システム
肉眼や内視鏡では、モニターに映し出されたがんの病変や尿管の表面しか見ることができない。その奥がどうなっているのかを3次元空間で座標軸を合わせて、リアルタイムに集中提示できる拡張現実感システムが実現しつつある。

③ 広角内視鏡
「da Vinci」では3Dの映像を見るために、術者が装置に顔を沈めなければならず、周囲の医療スタッフの動きを把握できないという問題がある。あとは、偏光眼鏡をかけて周囲を見える状態にする方法しか残されていない。
こうした課題を解決する方法として、広角内視鏡によって、眼鏡なしでいろいろな情報が得られるシステムが実現しつつある。

④ NOTES
内視鏡外科手術には、経管腔的内視鏡手術(Natural Orifice Translumenal Endoscopic Surgery:NOTES)への期待が高まっている。NOTESによる手術を受けた患者によれば、内視鏡外科手術よりも痛みが弱いということであった。

⑤ オープンMRI
一般外科だけでなく、耳鼻科領域や整形外科領域を含めて臨床応用が進んでいる。


4.その他、医療機器の研究動向や今後の医療機器開発の方向性に対するご提言について

① 遠隔医療
診断だけであれば、既存のネットワーク(インターネット)でも問題はない。
問題になるのは、治療の際の画像の遅れである。遅延を300ミリセコンド以下に短縮できれば、遅延は人の目ではわからない程度になる。また、関心領域さえ高画質で見ることができれば、周辺の画像はぼやけてもよい。こうした技術を利用すれば、3Mbps程度の帯域で遠隔手術も可能となることが確認されている。大規模なネットインフラを整備し、圧縮せずに画像を送受信する方法もあるが、すべての医療機関、すべての国でこうしたインフラを整備できるわけではないことを考慮する必要がある。
遠隔医療のニーズが発生するポイントは2点ある。1点目は患者を術者のもとに搬送できない場合、あるいは術者が患者のところへ行くことができない場合である。災害や救急の場では、たとえば被曝した現場に医師は立ち入ることができないが、遠隔医療であれば、このような場合でも治療が可能となる。2点目は、さまざまな医師がチームとして参加するために遠隔医療を利用できることである。遠隔医療の場では、ロボットをアシストとして使うことも、術者の手として使うこともできる。
九州大学では、2005~2007年度の3年間にわたって、総務省の遠隔医療の実証実験を行った。九州大学とタイのチェラロンコン大学とをネットワークでつなぎ、リアルタイムかつ双方向での内視鏡トレーニングや内視鏡手術ロボットの遠隔操作などを行った。この実証実験では、NTTが3Mbpsでリアルタイムな遠隔手術までできる環境を開発した。なお、NTTでは、末端で少なくとも10Mbpsの帯域を実現させることを目指している。

② プライマリーケアを行うための小型手術ロボット
現在、最低限のプライマリーケアができる小型の手術ロボット(ユニット的なもの)を開発中である。
災害や救急の場で最も大事なことは、より早く治療を開始することである。早く治療を開始しなければ患者は助からず、助かっても社会復帰できない場合がある。医師がすぐに駆けつけられない場合、緊急に医師でなければできない処置(止血、切開など)が必要とされる場合、医師不足の地域などで、この手術ロボットを搭載した救急車を現場に送ることができれば、その場で遠隔医療が可能となる。遠隔治療が実現すれば、時間をロスせずに治療が始められる。今後、こうした遠隔操作でプライマリーケアのできるロボットは必要になってくると考えられる。
最近ではAEDの普及が進んでいるが、実際に救助が必要な場面では、講習を受けた人でも怖くて使えないことがある。もし、こうした小型手術ロボットを介して遠隔の医師からAEDの使い方に関する指示が得られれば、より安心して使えるようになる。実現した暁には、飛行機や新幹線など、いろいろなところに配置することが望ましい。

③ 国内の医療機器開発について
米国では戦場で使えるロボットの開発を進めている。他の国でも医療機器の開発費は軍関係の予算で開発が進められている。一方、日本はまだ医療機器の開発に本腰が入っていない印象がある。自衛隊が出動する戦場や災害現場でも使用できる機器の開発を考えてはどうか。
日本では、医療機器分野の開発の遅れが認識された程度で、予算や規制などは変化していない。国内ベンチャーの支援も実現していない。医療機器分野では、政治の力で状況を変えることが必要である。米国からの輸入に依存する仕組みは変えるべきである。
日本がアジア市場を見込んで、アジア人種向けの機器を開発するのがよいのではないか。そうすれば、アジアでリーダーシップをとることができるだろう。


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