ニーズDB:医師インタビュー
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川合 謙介 先生
東京大学大学院医学系研究科
臨床神経精神医学講座脳神経外科学准教授
脳神経外科

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1.ご専門の分野について

専門分野は脳神経外科である。とくに、てんかんの外科治療を中心に実施している。

てんかん患者を対象とした手術件数は、年間30~40件である。


2.ご専門分野に関わる既存の医療機器について

■この10年で、診療成績の向上や患者QOLの向上におおいに貢献したと考えられる医療機器

1)診断
① 脳波計
脳波計のデジタル化を機に、脳波に関する大量のデータを蓄積・解析できるようになった。脳波の計測後に、分析対象周波数を変えて分析することも可能となった。
これまでは、目に見える範囲の周波数の脳波を中心に分析が行われていた。しかし最近になって、周波数の早い脳波が重要である可能性が指摘されている。脳波のデジタル化をきっかけに、今後、分析が進み、脳の新たな機能等が把握され、診断・治療に生かされる可能性が期待されている。

② 脳の機能マッピング
脳の機能画像を描出する技術は大きく進歩した。
機能的核磁気共鳴断層撮像法(functional Magnetic Resonance Imaging:fMRI)、脳磁計(Magnetoencephalograph:MEG)、近赤外分光法(Near-Infrared Spectroscopy:NIRS)などの進歩は著しい。これらの技術で得られた画像から、脳のどの部分にどのような機能があるかを視覚的に把握できる。マッピングの精度は、脳のしわ(脳回)単位である。
機能マッピングによって得られる情報から、脳神経外科手術を行う際に、どのエリアを切除できるか/できないか、手術の際のアプローチの方向などを判断できるようになった。

③ MRトラクトグラフィー
拡散テンソル・イメージングによるMRトラクトグラフィーによって、大脳白質の神経線維路が描出できるようになり、白質の機能マッピングができるようになった。この技術も、「脳の機能マッピング」と同様に手術計画の立案、患者の後遺症の防止等に大き+く貢献している。
MRトラクトグラフィーは、この10年で開発された技術である。それまでは、大脳白質の開発はできず、主に大脳皮質の解析が行われていた。

④ 術中モニタリング・マッピング
術中モニタリング・マッピングは、手術中に大脳皮質や白質を刺激して反応を調べ、切除してはいけない領域を明らかにしたうえで手術を行えるようにするための方法である。覚醒下手術もここに含まれる。この手法により、脳の機能を保ちながら手術ができるようになった。

2)治療
① 迷走神経刺激療法
てんかんの治療法のひとつとして、2005年度から東京大学では迷走神経の神経刺激療法を行っている。この治療法は、わが国では薬事法上未承認であるため、本学では、学内の倫理委員会での承認を得たうえで、「医師個人輸入による研究医療」という形で実施している。この5年間で20名の患者が東京大学で手術を受けた。
精神・神経系疾患に対する電気刺激療法は、欧米ではこの10年間で非常に進歩している。その代表例が、迷走神経刺激療法、脳深部刺激療法などである。
迷走神経刺激療法は、てんかんの発作を減らすための治療法で、外科的手術の難しい重症の患者を対象としている。患者の頚部を部分切開し、頚部の迷走神経に刺激電極を、前胸部に電源装置を埋込む。迷走神経を常時一定のリズムで電気刺激することで、てんかんの発作を抑制する。
開頭手術をせずに治療できるため、患者にとって低侵襲である。また、従来の手術は、脳組織を凝固・破壊するため、元の状態に戻すことはできない(不可逆的)。本手法は、脳神経組織を凝固・破壊させない(可逆的)ため、いつでも刺激をやめられるという特徴がある。
欧米では1997年にこの治療法が臨床現場に導入され、これまでに世界で4万5,000人の患者が治療を受けた。米国食品医薬品局(Food and Drug Administraion:FDA)では、さらに、うつ病患者を対象とした治療法として認可している。
わが国では、当該手法は薬事承認されていない。欧米で臨床データが蓄積され、この治療法の効果が明らかになってきたことを受けて、最近、医薬品医療機器総合機構が審査を開始したところである。1年以内には認可される見込みである。

② 脳深部刺激療法
脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation:DBS)は、パーキンソン病の治療のために開発された医療機器である。迷走神経刺激療法と同様に、刺激電極と電源装置を埋め込み、ターゲット部位を常時一定のリズムで電気刺激して振戦などの症状を抑制させる。
欧米では、パーキンソン病患者だけでなく、てんかん患者やうつ病患者などにもDBSを用いるための研究が進められており、ある程度の効果が確認されている。

③ 経頭蓋磁気刺激、経頭蓋直流電気刺激
神経内科の領域では、うつ病やパーキンソン病患者の治療のため、頭蓋骨の外から磁気や電気による刺激療法が行われている。

④ 疼痛緩和治療のための電気刺激
疼痛緩和治療のための電気刺激には、脳や脊髄に刺激電極と電源装置を埋め込む方法がある。埋め込む部位によって、脳神経外科、神経内科、麻酔科などで実施されている。
国内で実施している病院は少なく、京都大学や日本大学など数箇所に限られる。


■既存の医療機器の改良すべき点について

1)治療
① 脳機能マッピング技術の高度化
現在の脳機能マッピングは、運動機能や感覚機能など、単純でわかりやすい機能に限定されている。高次機能のマッピングはまだできない。神経科学の基礎研究をもっと進める必要がある。
たとえば、視覚の術中診断は難しい。覚醒下手術で患者自身が視覚を確認する方法もあるが、患者への負担・不快感が大きく、手法として限界がある。無意識下で、医療従事者が患者の視覚機能を客観的に確認できるとよい。
BMI(Brain Machine Interface)関係でもっとも問題となるのは、脳の信号のとり方がまだ詳しくわからない点である。神経細胞レベルで解析するという方法もあるが、神経ネットワークとしての機能がわからなくなるという問題がある。現在のところ、脳波などで脳全体を見るほうがよいという結論に落ち着いている。
脳の活動を検出する新たな機器が開発され、どんなシグナルを検出・解析すればよいかが詳しくわかるようになれば、新たな医療機器の開発につながる可能性がある。

② 埋め込み型電極の感度維持・周囲の組織への影響の抑制
体内埋め込み型電極には、体内に留置している間に感度が徐々に落ち、電極を入れ替えなければならなくなるという問題がある。感度が落ちない電極が開発されれば、電極の入れ替えなどが不要になる。
刺激を与えるのに必要な最低限の電極の大きさはわかっていない。たとえば、脳のしわはくっついているので、そこに無理やり電極を入れると脳が壊れてしまう。脳の深いところをしっかりと調べられる電極等が開発されるとよい。

③ 体外から埋め込み型神経刺激装置に充電を行う技術
体内埋め込み型の神経刺激装置のバッテリーには、体外から充電できる技術が求められている。迷走神経刺激装置やDBSなどの体内埋め込み型神経刺激装置の電池の寿命は、5年程度である。寿命を迎えた場合には、電池を入れ替えるための再手術が必要であり、患者への負担となっている。

④ 放射線壊死の生じにくいガンマナイフ
てんかんの治療法として、ガンマナイフによる放射線治療が注目されていた。治療の対象となる症状が限定されていることや、放射線を照射したあとの放射線壊死などが問題になり、ほとんど行われなくなった。現在、国内では東京女子医科大学など、限られた施設でしか行われていない。
放射線壊死が生じないガンマナイフが開発されれば、てんかんの治療にも用いられるようになるだろう。


3.実現が望まれる新規の医療機器について

1)治療
① 体外から電極の位置を動かせる技術
電極を体内に埋め込んでから、経頭蓋的に電極の位置を動かせるとよい。体外から電極の位置を変えられれば、電極の位置を直すための再手術が不要になり、患者の負担が軽減される。

② 生体内で溶ける電極
電極の感度が低下した場合や、一時的に電極を使って計測等を行いたい場合、再手術による電極の摘出が必要になる。再手術をしなくて済むよう、一定期間後に生体内で溶ける電極があるとよい。


4.その他、医療機器の研究動向や今後の医療機器開発の方向性に対するご提言について

① 日本発の医療機器開発の推進
わが国では、国内製の医療機器を開発・製品化することに力を注ぐべきである。
国内で使用されている医療機器のほとんどは海外製品である。医療機器の開発にはさまざまなハードルがあるのは確かだが、「国内での開発が大変ならば輸入すればよい」という割り切り方はおかしいだろう。海外製品の輸入により、国民の税金が海外に流れていることを認識する必要がある。
電気刺激装置のようなデバイスは、日本のメーカーにも十分開発できるはずである。ただし、既存の神経刺激装置は電極の形状等がパテントで保護されているため、これを回避する等の工夫が必要だろう。

② わが国の医療機器の認可の動向
1990年代半ばに迷走神経刺激装置が開発され、わが国でも臨床治験が行われたが、薬事承認には至らなかった。当時の政府は、新しい医療機器の導入に積極的ではなかった。
しかしこの数年、新規の医療機器の開発・導入に対して、政府が前向きになっていると感じる。迷走神経刺激療法の承認手続きが進んでいるのはよい例である。

③ 欧米における脳の神経刺激装置の開発動向
欧米では、神経系の電気刺激による治療法の開発・臨床応用が進んでいる。
米国では、埋め込み型の脳刺激装置「RNSシステム」がニューロペース社によって開発された。5年ほど前から治験が始まり、発作が完全になくなるわけではないが、発作の頻度等を抑制できることが確認されている。
この装置は、患者の脳波パターンから発作を感知し、てんかんの発作を沈静するための電気刺激を与えるものである。常時一定のリズムで刺激する既存の神経刺激装置とは異なる。開発の背景には、電気刺激の周波数によって発作を抑制する効果があるという知見の蓄積がある。


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