② 覚醒下手術
脳波を確認しながら覚醒度を定量化できるBISモニターや覚醒深度を調節できるプロポフォールという新しい麻酔剤が開発されたことにより、覚醒下手術が普及した。
覚醒下手術は、米国では1990年代に脳腫瘍で応用され、日本には1990年代半ばに入ってきた。その後、診療成績を積み上げて安全性が確認され、低侵襲な治療として普及した。
■既存の医療機器の改良すべき点について
1)治療
① オープンMRI
診断用のコイルはさまざまなものがあるが、手術用のコイルはまだ部位や目的に合わせて改良する余地がある。
システムや撮像方法も改良の余地がある。低磁場にはゆがみやノイズが少ないなどの利点があり、造影剤を改良することで、低磁場のままで精度の高い撮像が可能になるだろう。短時間で高画質の映像を撮ることにエネルギーを注ぐだけでなく、必要な情報を取り出すために技術を最適化した形で用いることが必要である。
日本の開発はリスク回避型になっているので、診断技術に比べて治療技術の開発が遅れている。診断で発見された疾病を治療できなければ不十分であり、治療技術は重要である。
診断機器と治療機器を別々に開発することには限界がある。これからの医療機器開発は、診断と治療とが一体になったものが主流となるだろう。術中MRIはその一例である。診断機器の開発は、治療を前提に考えなければならない。
② HIFU
高密度焦点式超音波療法(High-Intensity Focused Ultrasound:HIFU)は、乳がん、子宮筋腫、前立腺がんに対して実用化されている。
やけどなどのクリアしなければならない問題があるので、改善してあらゆる部位のがんに対する非侵襲治療を実現したい。開発の際は、先端医療開発特区(スーパー特区)の利用を考えている。
3.実現が望まれる新規の医療機器について
1)治療
① 光線力学的療法
悪性脳腫瘍に対する半導体レーザーを使用した光線力学的療法(Photodynamic Therapy:PDT)の医師主導治験の承認を申請する予定である。これは腫瘍に集中的に取り込まれる薬剤にレーザーを照射すると腫瘍細胞が死滅する現象を利用した治療方法であり、薬剤と医療機器を組み合わせた「コンバインドデバイス」のよい例である。これからの医療機器開発はコンバインドデバイスが主流になっていくだろう。
② 医療機器と診断薬を組み合わせる技術
薬剤溶出ステントのようなもののほか、造影剤などの診断薬を医療機器と組み合わせる技術も発展するだろう。
③ レーザー治療装置
悪性脳腫瘍を300μ単位で蒸散し、熱変性の問題を解消するレーザー治療装置を開発している。
4.その他、医療機器の研究動向や今後の医療機器開発の方向性に対するご提言について
① 動物研究
厚生労働省と農林水産省に確認をしたところ、がんになったイヌなどのペットに対して新しい医療機器を使用することについて、現在の法律でも認められることがわかった。
動物に対して治験を行うことで人の治験の前に機器を改善することができる。飼い主から第三者的な視点で評価を得ることができる。イヌならドッグイヤーといわれるように、1年生存率で人の5年生存率を評価できる。
イヌやネコは人間に比べてサイズが小さいので、小型軽量化の面では、人間に用いる機器よりも高度な技術が必要という点でも意義がある。
動物の治験の結果をフィードバックすることで、その後の人の治験数が減少すればコストも時間も削減でき、企業のモチベーションは高まるだろう。獣医療技術もビジネスも発展する。
② リスク管理
医療技術には未知の不具合の問題がある。不具合が起きた場合には、既存の技術に置き換えることで、安全性はある程度担保される。リスクの存在を認め、リスクをマネジメントすることで安全性を高めることが重要である。
リスク管理の手法として臨床現場では術中MRIなどを用いて手術の行程を可視化し、詳細なプロセスマネジメントに努める必要がある。それによりリスクを回避できるし、回避できなかったときでも最善を尽くしたことが説明できる。
国民はリスクに対して拒否反応を示すのではなく、その存在を認める必要がある。国民の医療リスクに対する理解が得られず、医師に対する訴訟のリスクが高まれば、医師不足に歯止めをかけることはできない。
③ 研究開発
医療機器開発で重要なことは、将来を見越して既存の技術と明らかに差別化でき有用性があると考えられる技術を育てることである。新しい機器の評価を標準治療に使用される既存の機器の治療成果と比べても意味がない。医療機器は「臨床現場で使用されながらたゆまぬ研究開発によって改良されていく」ということを忘れてはならない。
国民や審査機構もリスク・アンド・ベネフィット・バランスに対する意識を高める必要があり、こうした意識をもって、安全性に対して評価をするべきである。
⑤ 日本の組織体質
医療問題が起きた場合に、個人攻撃して担当者を変更するだけでは知識や経験は蓄積されない。審査機関をはじめとする組織には、知識や経験を共有化できるシステムが必要である。
米国では、米国食品医薬品局(Food and Drug Administraion:FDA)の職員は法規制で保護され、訴えられることはない。訴訟は企業が受ける。FDAの職員は訴訟のリスクのために萎縮することなく、国のためによい医療機器を米国発で出そうというモチベーションをもって、初期段階から開発者に関わり、信用に基づいて審査を通している。
日本では薬事法や臨床研究指針が改正され、ますます医療機器の認可を通すのが難しくなった。硬直化していく現状を打開する策が求められている。