ニーズDB:医師インタビュー
一覧 > 詳細 < 前へ  | 次へ >

佐々木 良平 先生
神戸大学大学院医学研究科
内科学系講座放射線医学分野放射線腫瘍学部門特命准教授
放射線治療

詳細はPDFこちら
1.ご専門の分野について

専門は放射線治療である。
放射線治療自体は体内のすべての悪性腫瘍や一部の良性腫瘍など、放射線治療装置を使うすべての腫瘍の治療に従事している。
悪性腫瘍では線量を増加させれば殆どの癌で効果があるため、放射線治療の対象にならない疾患は極わずかである。しかし疾患によってはその感受性が異なり、周囲の正常組織の耐用線量との関係で放射線治療の適応が決まってくる。適応にならない疾患の理由としては、①放射線が効きにくいケース(感受性が悪い)、②由来臓器、もしくは周囲臓器に腸管などがある場合、高線量の放射線照射によって生じる組織障害(穿孔や治療困難な出血)などの合併症につながるケースのどちらかといえる。①に関する疾患の例としては、甲状腺癌の中での乳頭癌(逆に未分化癌では感受性が高い)、腎細胞癌などがあげられる。これらの疾患でも放射線の線量を上げれば増殖抑制などには有効な可能性があるが、手術などのより治療効果の高い他の治療方法があるために放射線治療が選択されない。
なお、欧米ではがん患者はその治療のいずれかの時期に放射線治療を受ける方が60%であるのに対し、日本で20~25%に過ぎない。このことはこれまでの日本の医療が外科的治療への偏重であったことを反映しているが、近年、治療成績が同等な疾患では、より低侵襲で臓器の機能を残すことが可能な放射線治療が選択されることも多くなってきている。


実施頻度の高い手技は、放射線治療全般である。


2.ご専門分野に関わる既存の医療機器について

■この10年で、診療成績の向上や患者QOLの向上におおいに貢献したと考えられる医療機器

放射線治療としては、①体外照射(リニアック)、②小線源治療(ブラキセラピー)、③粒子線治療などがある。機器の改良と照射法の工夫とによって、それぞれが飛躍的に発展し、その治療成績は手術に匹敵するか、もしくは上回るようになった。
たとえば、Ⅰ期小細胞肺癌(3cm以下,リンパ節転移なし)では手術に匹敵する生存率を達成し、手術より合併症が少ないことが日本の多施設共同の試験の結果で明らかになっている。
放射線治療の技術的な進歩はバリアン、シーメンスといった海外メーカーによるところが大きいが、動体追跡照射など、日本の医師が独自に開発し海外に向けて発信した優れた技術もある。

1)治療
① 体外照射(リニアック)
体外照射(リニアック)は画像誘導放射線治療の領域が非常に発展した。X線透視装置やCTなど診断技術と融合したことで、腫瘍の位置座標の精度、患者位置情報の精度が飛躍的に向上した。
前立腺がんを対象とした強度変調放射線治療(Intensity Modulated Radiation Therapy: IMRT)では手術と同等の治療効果であることが明らかになりつつある。治療効果が同等な場合、治療の選択の基準はどのような副作用(有害反応)がどれくらいの頻度で発生するかに依存するが、IMRTの場合は直腸出血が、手術には尿漏れ、性機能障害といった有害事象が一部の症例で発生することが知られており、治療法の選択は患者自身がそれらの有害事象の頻度や程度の的確な説明を受けた上で、患者自身の選択によって最適な治療法が決定される医療スタイルが拡充しつつある。

② 小線源治療(ブラキセラピー)
小線源照射(ブラキセラピー)ではその線源の開発とその挿入方法が改良された。従来は主にコバルトやAuグレインが使用され、治療時間が長いことや、治療部位が限定されるといった問題があった。現在はイリジウムという細く高線量率の線源が開発され、治療時間が短縮し、適応できる疾患が増加した。また、RALS(remote after-loading system)の開発改良で患者への負担や術者への被曝が大幅に軽減された。これらの小線源治療は腔内照射としては子宮癌などの婦人科領域の疾患で最も行われているが、組織内照射としては外陰癌や前立腺癌などでも有効である。また乳癌の術後照射や一部の軟部腫瘍の術後照射に用いられることもある。ヨードを用いた低線量率組織内照射は低リスクの前立腺癌に対して広く行われている。

③ 粒子線治療
粒子線治療の領域は日本が世界をリードしているともいえる。陽子線治療と、炭素イオンを用いる重粒子治療とがあり、サイクロトロン、シンクロトロンといった大型の円形加速器で加速し、エネルギーを付与した上でがん治療に用いられる。それらにはブラックピークという物理特性があり、より理想的な線量分布を実現できる利点がある。重粒子線治療ではより優れた生物学的効果があるとされているが、陽子線治療と比べてより大型な治療装置、加速器が必要とされている。



■既存の医療機器の改良すべき点について

1)治療
① 体外照射
腫瘍の位置精度、患者の位置精度を向上させる最新機器が次々と導入され、治療自体の精度は飛躍的に向上したと言えるが、施設間での格差は大きい。少なくとも、がん拠点病院に認定されている施設では、高精度放射線治療が実施できるよう早急に放射線治療装置を配置すべきである。また、患者数の急増に対応するために、より迅速に治療できるよう高精度治療に関してもスループットの改善が課題である。IMRTでは治療計画とその検証に時間がかかるので患者スループットが悪く、患者がIMRTを選択しても治療を行うまでに何ヶ月もかかるという施設も多い。放射線治療装置だけでなく、医学物理士、品質管理士などの放射線治療医と連携して放射線治療計画を実施し、サポートするスタッフが不足していることも問題である。

② 組織内照射
線源には高線量率のイリジウムと、低線量率のヨードなどが主に普及している。組織内照射は治療部位まで小線源を到達させるので、より理想的な放射線分布を実現でき、かつ低コストであるが、その治療効果や有害事象を最小限に抑えるためには術者の熟練が必要である。経験による手技の改良と機器の改良の両方が必要である。

③ 粒子線治療
粒子線治療は優れた線量分布を実現できる次世代の低侵襲治療の代表と言えるが、現時点では保険収載が認められておらず(近く一部の疾患で認められる予定)、建設費の低下と治療費の軽減が課題である。建設費が高額であるために治療費が高額(300万円)となり、年間500人の患者を治療しなければ経済的に維持できない。現在日本で粒子線治療を行う施設は6施設あるが、年に500症例以上行えるのは2施設(放射線医学総合研究所、兵庫県立粒子線医療センター)だけである。単一施設で毎年適応患者500症例以上を集めるのは大学病院クラスの大病院でも大変であり、普及には小型化を含めた建設費の低下が望まれている。他の治療法の費用を参考に上げると、IMRTの治療費は120万円(保険を使えば36~40万円)、通常の放射線治療は60万円(保険を使えば20万円)であり、これらとの比較の中では現時点での粒子線治療における治療費は高額であると言わざるを得ない。海外では小型の陽子線治療に対する普及と開発は急速に進んでおり、本邦を追い抜く勢いであり、本邦でも粒子線治療の優位性を保つためにも、小型化に関しても研究開発の継続が望まれる。


3.実現が望まれる新規の医療機器について

1)治療
① 難治性のがんを克服する医療機器
現在の高精度放射線治療や粒子線治療装置を用いたとしても、悪性神経膠腫や膵癌などの難治がんの治療成績は向上したとは言い難い。その為、それら脳腫瘍や膵臓臓がんなどの難治性のがんを克服する医療機器の出現が望まれる。医療の進歩により、治療成績が不良であった疾患においても5~10年で何らかの治療法が開発され、飛躍的に治療成績が向上することは多々経験される。自身の少ない経験からも10年前には治らないといわれた病気も、ずいぶん治るようになってきたといえる。今後は前述の難治性のがん、治療抵抗性のがんを治癒に導く治療機器の開発が重要である。

② 薬や材料との融合による医療機器
放射線治療を軸にした新たながん治療戦略を、医療機器、もしくは医療機器と薬や材料との融合によって実現することが望まれる。一例をあげると、医療機器と材料との融合の研究としては、肝臓の粒子線治療において、肝臓に近接する腸管と肝臓との距離を作るために肝臓と腸の間にスペーサー(水の袋)を入れて粒子線治療を実施する例がある。このような材料を治療に組み併せることによって、これまで治療が困難であった領域の治療が可能となっている疾患、疾患部位もあり今後の発展が期待される。今後は局所的な放射線の感受性を高めるDDS(ドラッグデリバリーシステム)を用いた薬剤と放射線治療との併用療法など医療機器と薬剤の融合の方向性が期待される。

③ 臓器・疾患特異的な医療機器
現在の放射線治療装置の多く、頭蓋内に対するガンマナイフやサイバーナイフなどの治療装置以外は、ほぼ全身を対象としたALL-in-one型のフルスペックの治療装置であり、それ故に大型で、建設費や費用も高額である。しかし、購入するサイドの病院側の視点に立てば、その施設が現有するスタッフや地域性などの特色を生かすために、特定の部位や疾患の治療に特化している病院も少なくない。その意味では、臓器特異的、疾患特異的な機器を開発し、コストを抑えるという方向性が注目されている。ガンマナイフは頭の治療しかできないが非常に効果があり、普及した成功例といえる。診断用PETなどは画像の解像度が悪いが、カメラの検出能を改善させ、患部をもっと限定すればさらに精度を高められる可能性があり、放射線治療に応用できる展望が開けるかもしれない。

④ がん患者のための生体モニタリングシステム
がんの治療後、継続的な通院によるモニタリングが行われるが、治療により一端治癒したがん患者10人のうち8~9人は通院の必要がない可能性がある。こうした患者が、病気のサインのあるときだけ通院できるよう、がんの再発予知を目的とした生体モニタリングシステムが将来的には期待される。また治療技術としては、再発させないようしっかり治療し、仮に再発したとしても診断時にすぐに治療できる技術が求められる。


4.その他、医療機器の研究動向や今後の医療機器開発の方向性に対するご提言について

① 放射線腫瘍科の人員・設備体制の充足
放射線腫瘍科は、他の診療科ごとや領域ごとに担当の専門スタッフが必要なほど多くのマンパワーが必要であるが、こうしたスタッフの整備はできておらず、少数のスタッフが複数の領域、複数の診療科の疾患を担当している状況が続いている。結果として、スタッフの専門性が薄れたり、業務量が過剰になったりするなど多くの問題が生じている。
日本放射線腫瘍学会(データベース委員会 委員長 手島 昭樹 大阪大学教授)によると「放射線治療施設の実態調査(構造調査)」で、各施設が保有する装置の台数やスペックや、人的には専門医や医学物理士、品質管理士などの人数の実態を明らかにしているが、興味ある結果として、設備や人員体制がよく整備された施設ほど、同じ疾患の放射線治療でも治療成績がよく、整備が不十分な施設では治療効果と安全性の双方が劣ることがわかった。近年のがん患者の急増、患者の高齢化、グローバル化といった社会的な変化に、放射線治療の体制整備は期待されてはいるものの、現状は追いついていない事が浮き彫りになった。

② 医学物理士の育成
医師の人数を増やすとともに、医学物理士の育成が重要である。医学物理士は日本医学放射線学会により認定され、その役割は、①放射線治療の精度・品質管理 、②放射線治療計画の実行(医師不足を補う) 、③放射線治療分野を発展させるための研究開発である。近年、医学物理士の重要性が認識されるようになり、施設基準にも盛り込まれはじめている。将来的に国家資格化が期待される。
認定医学物理士の人口は米国では5,000~7,000人だが、日本では70人である。認定医学物理士の不足を放射線科医や診療放射線技師が補っている状況である。認定医学物理士の少ない最大の原因は「教える人」がおらず教育システムが整備されていないことが挙げられる。その為、迅速な医学物理の指導者の育成が期待される。医学物理士を志す学生は、理工学系(医学のことがわからない)、保健学系(工学のことがわからない)の2系統である。理工学系の人材が医学教育と臨床経験を積みやすい環境、保健学系の人材が物理工学を学びやすい教育システムの改善が必要である。

③ 医学、工学、産業が一緒に医療機器開発を行えるフィールドづくり
ニーズとシーズの融合による機器の発展を目指し、医学、工学、産業界が連携して医療機器開発を行えるフィールドを“行政主導で”つくることが課題である。何よりも医学物理士を含むME人材が医療現場に参入し、研究開発段階から医学と工学と専門を異にする研究者が同じ環境におり、議論することが重要である。機器メーカーにとってややハードルが高い動物実験や臨床試験は医学分野で迅速に実行できることもあり、こうしたお互いの得意分野をうまく融合し、円滑に連携することによって、医工学研究に理工系の研究者や中小企業が入りやすいオープンなシステムを国家レベルで整備することが期待される。

④ 医療機器の製造・承認を円滑に行えるしくみづくり
放射線治療機器は大型で高額な機器であるが、がん患者に与える恩恵は極めて大きい。残念ながら、放射線治療機器の開発に取り組んでいる国内メーカーは少数であるが、その理由として製造から承認までの期間が非常に長いことが問題である。円滑に承認要件を満たし、承認されるプロセスを整備する必要がある。開発段階において、ニーズ情報やシーズ情報の共有を促進することや、中間的な審査機関が関与して承認・普及に向けたチェックアンドバランスを機能させることが重要である。


MINIMALLY INVASIVE Medical Technologies

シーズDB
  先進企業情報
  重要論文情報

ニーズDB
  医師インタビュー
  臨床医Web調査
  患者Web調査
  過去の臨床側アンケート

リスクDB
  市販前プロセス情報
  市販後安全情報
  PL裁判判例情報

  

低侵襲医療技術探索研究会
  アーカイブ   

リンク
  学会
  大学/研究機関
  クラスター/COEプロジェクト
  行政/団体
  その他

メールマガジン