ニーズDB:医師インタビュー
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谷口 真 先生
東京都立神経病院
脳神経外科部長
脳神経外科

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1.ご専門の分野について

当院の脳外科は、主に脳機能外科を専門としており、脳の働きに関わる外科的治療を行っている。このほかに脊髄の疾患、痛みの外科治療を行っている。
対象疾患は、てんかん、大脳基底核の働きの異常による不随意運動、脊髄から大脳まで広い範囲の原因で起こる神経原性の痛み、脳腫瘍などである。
当院の総病床数は300床で、このうち神経内科が200床、脳外科が70床、神経小児科が約30床を占める。神経内科との共有領域の治療を主に行う点が特徴であり、こうした専門性のある病院は全国的にみても珍しい。

年間の手術件数は約360件である。脊椎の疾患が最も多く130~140件程度である。次いで、てんかん約80件、不随意運動とそれに付随する疾患60~70件、この他、一般的な脳外科系の疾患の手術を行っている。


2.ご専門分野に関わる既存の医療機器について

■この10年で、診療成績の向上や患者QOLの向上におおいに貢献したと考えられる医療機器

1)治療
① 画像診断機器による術中ナビゲーションシステム
神経科に特化した領域では、MRなどの術中画像診断のナビゲーションシステムがこの10年間で最も発展した。術中の現在地をリアルタイムに把握でき、脳の深部の特定の位置へアプローチできるようになった。また、脳の基底核をミリ単位の正確さで治療できるようになった。
ナビゲーションシステムの発展により、これまでできなかった治療が可能となった。たとえば、定位脳手術は、ナビゲーション技術の向上とともに、手術の精度が大幅に向上した。脳深部刺激療法で電極を脳内に埋め込む際にも、ナビゲーションシステムが必要である。

② 術中生理学的モニタリング
定位脳手術の際、MRなどの形態画像による術中ナビゲーションを利用してターゲットを定めた後、神経の活動を計測して術中生理学的モニタリング画面に映し出し、施術する場所が機能面からみて正しいかどうかを、術中に確かめることができるようになった。

③ 脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation:DBS)
(脳機能の外科的治療方法の発展)
DBSは、脳の特定の部位に電極を留置し、脳の機能をブロックする治療法である。従来の手術と比べて比較的侵襲性が低い。また、従来は脳を不可逆的に破壊する方法しかなかったが、DBSを使えば脳を破壊せずに(可逆的に)治療できる。この特長を活かし、治療できる疾患の幅が大きく広がった。
DBSは2000年代の初めに欧州で臨床応用が始まり、2005年頃に世界中で普及した。当院では2003年に導入し、これまでに20例程度実施している。
(パーキンソン病の治療)
DBS治療が行われている症例は、パーキンソン病が最も多い。国内では年間200~300件程度行われている。
パーキンソン病患者の約8割は、投薬治療だけで生活することが可能である。残り約2割の患者がDBS治療の対象となる。これらの患者は、ドーパミンを投与しても治療効果が十分に得られず、薬の効き目のオン・オフ状態を含む日内変動、激しい不随意運動等の症状がみられる。DBS治療により、これらの症状が劇的に改善する可能性がある。治療の効果が得られれば投薬量を減らすことができ、疾患の進行がある程度抑制できるようになる。
(全身性ジストニアの治療)
DBS治療の対象疾患のうち、最も劇的な治療効果がみられた疾患は、全身性ジストニアである。全身性ジストニアは、筋肉の緊張の異常により不随意運動や肢位・姿勢の異常等が生じる疾患である。主に子どもにみられる病気で、症状が進行すると寝たきりになる。重症心身障害児に指定される患者もいる。
DBS治療により、こうした患者が自由に歩けるようになるなど、日常生活で当該疾患の影響がほとんど出なくなるようになる。患者が人生を取り戻すことができる可能性が高まったという意味でDBSのインパクトは大きい。
ジストニアに対してDBSの治療が施されているのは、全国で40施設程度である。


■既存の医療機器の改良すべき点について

1)治療
① 脳深部刺激療法
(体外からの電池の充電)
脳深部刺激療法では、刺激装置と電池の埋め込みが必要になる。現在は電池に寿命があるため、電池が切れる前に再手術せざるをえない。将来的に、体外充電式の電池が実現することが望ましい。
(電極の小型化)
電極の大きさは現在の15mmから4mmまで縮小する必要がある。これまでのように「点」で刺激する方法ではなく、立体的に細かい電極を並べて刺激できるようになれば、治療が進歩する可能性がある。
(患者の精神活動をふまえた治療)
パーキンソン病の治療により運動機能が確実に回復して、認知機能や精神状態の検査に異常が見られないにも関わらず、社会復帰が進まないなどのケースが見られている。
パーキンソン病の患者は、脳内でドーパミンが分泌されにくい。ドーパミンは報酬系に関係するため、ドーパミンが分泌されないと、努力をしても満たされない。術前は精神的に満たされない状況で社会に適応しようと努力するが、治療を行うとドーパミンの不足分が補完されるため、努力しなくとも満たされてしまうようになる。その結果、仕事や人生に対して取り組む意義が見出せなくなり、社会に適応できないといった問題につながるケースがみられる。
このことを統計的に検証する研究で、他人の心理状況を表情から読み取る能力の低下を示すデータが発表されている。パーキンソン病患者のDBS治療の前後で、表情から喜びや恐怖、悲しみなどの感情を読み取る能力をテストした結果、恐怖や悲しみを読み取る能力が有意に落ちていた。また、治療の影響が夫婦の婚姻関係の維持を困難にしている可能性があることを示す論文も2006年に発表された。
こうした症例と分析結果の蓄積により、治療目的としていた部位とは関係のない部位の脳機能にも治療の影響が出る可能性が無視できなくなった。
今後は、精神活動への影響を考慮して、脳を対象とした治療技術を向上していくことが求められる。


3.実現が望まれる新規の医療機器について

1)治療
① 化学物質による神経活動の調整
脳に薬をチューブから投与する外科的手法により、神経機能を調整する治療が大きく発展する可能性がある。投与する薬は、神経伝達物質や神経成長因子などが考えられる。
バクロフェンポンプやインシュリンポンプは、化学物質を投与するデバイスの実用化の一例である。


4.その他、医療機器の研究動向や今後の医療機器開発の方向性に対するご提言について

① 神経疾患治療の精神疾患治療への応用
1990年代のニューロサイエンスの発展により、精神活動が大脳の働きとして解明され、精神疾患のメカニズムも明らかになってきた。精神疾患の治療技術の開発は盛んになっている。前述のとおり、神経疾患の治療を目的としていたDBSが精神活動にも影響を与える可能性が明らかになったことから、今後、DBSの精神疾患の治療への応用が広がる可能性がある。
対象疾患の具体例としては、トゥレット症候群があげられる。運動機能と精神活動とに症状がみられる疾患で、DBSによる治療がその両方に効果をあげることがわかっている。
DBSを精神疾患の治療に利用することは、国外ですでに始まっている。欧州で最も先行しており、米国とわが国では遅れている。
わが国では、いくつかの大学病院で、倫理委員会での検討が行われている。ただし、日本では1970年代に行われていたロボトミーのマイナスイメージが原因で、脳外科学会が精神活動に対する外科的治療は行わないという決議をしている。その決議がまだ有効なため、当面は精神活動の外科的治療ができないことが課題である。

② 学会の役割向上
医学界の学会のレベルをもっと高める必要がある。現状の学会は、海外で発表されたことを追認すること以上の役割が果たせていない。その一因として、ひとつの医療現場の症例数が少なく、データが蓄積するのに時間がかかりすぎており、研究に適した規模になっていないことがあげられる。今後は改善の動きが促進され、センター化と専門化の動きが進んでいくだろう。

③ 医療機器の国産化の必要性
医療機器は国産化していく必要がある。内外価格差の問題は日本にとっては重大である。また、日本のユーザーの要望に応えた医療機器の開発のためも、国内メーカーが手がけたほうが機動性の高さが期待できる。
現在は、国内の医療機器の市場を海外メーカーが独占している。製品のトラブル発生率は決して低くはなく、品質にも改善の余地がある。しかし、海外の医療機器メーカーにとっては、日本は末端ユーザーにすぎず、日本のユーザーのクレームに対するリアクションが良くないという印象がある。

④ 医療機器の国産化のための国の役割
医療機器の国産化を推進するためには官主導の姿勢が必要である。
医療機器産業は製品の臨床実用化までのハードルがあまりにも高い。ビジネスとしてのリスクが高く、レベルの高い基礎研究を製品化する意識までそぎ始めている。また、訴訟のリスクも萎縮傾向の一因である。
現在はあまりにもリスクに縛られすぎて国内の開発は硬直化している。目の前のリスクにとらわれるのではなく何十年も先を見据え、産業を育てていく姿勢が必要である。

⑤ 研究費交付改善の必要性
ひとつのプロジェクトに投じられる予算が少ない。研究費の使途を限定しすぎているような印象がある。
予算が国会を通る時期によっては、研究費が配分される時期が遅すぎる。単年度予算制に縛られない弾力的運用が必要ではないか。


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