平成10年10月15日
医薬品等安全性情報150号
白血球除去フィルター使用の輸血時における血圧低下、ショックについて
情報の概要
血液製剤(濃厚赤血球製剤,血小板製剤)の輸血に際し,製剤中に混入する白血球に起因する副作用を防止する目的で,白血球除去フィルターを使用することがある。この白血球除去フィルターを使用して輸血を行った際に,血圧低下,ショック症状が発現することが報告されていることから,白血球除去フィルターの「使用上の注意」を改訂し注意喚起を行った。 |
一般的名称 該当商品名 |
一般的名称 |
該当商品名 |
血液フィルター |
【血小板製剤用】
セパセルPL(旭メディカル)
イムガードIII−PL(テルモ)
ポール輸血フィルターPL(川澄化学工業,日本ポール)
ポール輸血フィルターピュアセルPL(川澄化学工業,日本ポール)
【赤血球製剤用】
セパセルRZ(旭メディカル)
イムガードIII−RC(テルモ)
サイタフィルター(ニプロ)
ポール輸血フィルターRC(川澄化学工業,日本ポール)
ポール輸血フィルターRC400(川澄化学工業,日本ポール) |
類別 |
器具器械56 採血又は輸血用器具 |
適応 |
【血小板製剤用】輸血時の血小板製剤からの白血球除去
【赤血球製剤用】輸血時の赤血球製剤からの白血球除去 |
年間推定出荷額:46億円
(1) 経緯
血液製剤(濃厚赤血球製剤,血小板製剤)の輸血に際し,製剤中に混入する白血球に起因する副作用として,発熱,悪寒,蕁麻疹,輸血不応,サイトメガロウィルス感染等が知られている。
昨今,このような輸血後の副作用防止の観点から,白血球除去フィルターが使用されている。白血球除去フィルターは血液製剤中に含まれる白血球を選択的に除去することによって,白血球に起因する副作用を防止することを目的とするものであり,使用される血液製剤により赤血球製剤用と血小板製剤用が市販されている。フィルター部分の材質についてはポリエステルとポリウレタンに大別され,吸着及びふるい効果によって白血球が除去される。
また,輸血後移植片対宿主症(GVHD)防止1),2)のため放射線照射済みの血液製剤を用いる場合であっても,混入白血球による同種抗体産生に起因する血小板不応状態の発生等の予防又は白血球抗体による発熱,悪寒等の副作用防止のためには白血球除去フィルターを,それぞれ状況に応じて使用する必要がある3),4),5)。
ところが,白血球除去フィルターを使用して血液製剤の輸血を行った際に,血圧低下,ショック症状が生じた症例が報告されてきた。
血液製剤の輸血中にショック症状が発症することについては,既に,血液製剤の添付文書に記載されてきた。これまでに報告された白血球除去フィルター使用時のショック症状等について,フィルターとの因果関係等,必ずしも発症原因については明らかではないものの,今般,症例の概要を紹介するとともに,当面の安全対策として,白血球除去フィルターを使用して輸血を行う場合には,患者の状態等を注意深く観察しながら実施すること,及び血圧低下,ショック等の重篤な症状の発生に際し救急処置がとれるよう,あらかじめ準備しておくことなどについて,白血球除去フィルター全製品について統一した記載内容で「使用上の注意」の改訂を行い,医療関係者への一層の注意喚起を行うこととした。
(2) 症例の紹介
これまでに報告された血圧低下,ショックの症例は30例あり,血小板製剤輸血時に22例,赤血球製剤輸血時に8例の報告がある。このうち,自己血輸血(赤血球製剤)の際の発症例も1例報告されており,当該症例については白血球除去フィルターとの因果関係が示唆されるところである。
なお,現在のところ,死亡例1例が報告されているものの,その他の症例については,ショック等の発症後直ちに講じられた救急処置が奏効し,回復に至っている。
報告された症例の一部を表1に紹介する。
(3) 発症原因
白血球除去フィルター使用時の輸血時における血圧低下,ショック等の発症については,以下の説を含めいくつかの議論がなされており,現段階で原因の特定には至っていない6)-8)。
・ 白血球除去フィルターに使用されている材質が,異物として生体の内因系凝固系に何らかの影響を及ぼす(サイトカイン,ヒスタミン,ブラジキニン等の産生を促すなど)とする説9)-12)。
・ 白血球除去フィルターが日常的に使用されている血小板製剤輸血においてショックの報告が多いことから,血小板製剤に起因するものとする説12)-14)。
(4) 安全対策
上述のように,白血球除去フィルター,血液製剤又は患者背景のいずれが主たる原因であるかは現時点ではなお未解明な部分が多い。
ショックに対する注意喚起については,一部の製品においては,行われていたところであるが,今般,当面の安全対策として,白血球除去フィルターを使用して輸血する場合,患者の状態等を注意深く観察しながら実施すること,及び血圧低下,ショック等の重篤な症状の発生に際し救急処置のとれるよう,あらかじめ準備しておくことなどについて「使用上の注意」の改訂を行い,白血球除去フィルター全製品について統一した内容で「重要な基本的注意」として記載し,医療従事者への一層の注意喚起を行うこととした。
(5) 報告のお願い
安全性確保の観点から,白血球除去フィルターを使用した輸血時に血圧低下,ショック等(死亡に至らなかった事例を含む)の有害事象の発症が認められた場合には,医薬品等安全性情報報告制度による報告をお願いしたい。
《使用上の注意》
〈血液フィルター〉
重要な基本的注意
白血球除去フィルターを使用して血液製剤(血小板製剤,濃厚赤血球製剤)の輸血を行った際に,血圧低下,ショックなどの重篤な症例が報告されています。
使用に際しては,急激な血圧低下,ショックなど重篤な症状の発生時に備え,あらかじめ救急処置のとれるよう準備しておいてください。
また,輸血中は,患者の状態をよく観察し,発熱,悪寒,頭痛,関節痛,蕁麻疹,呼吸困難,血圧低下,ショックなどの異常が認められた場合には,直ちに輸血を中止し適切な処置を行ってください。
アレルギーや過敏症の既往歴のある患者への使用は特に注意が必要です。
〈参考文献〉
1)高橋孝喜他:日赤研究班による輸血後GVHDの全国アンケート結果.日本輸血学会雑誌,40:528‐531(1994)
2)田所憲治他:DNA多型解析からみた診断.日本輸血学会雑誌40:535−538(1994)
3)Moselery RV, et al: Death associated with multiple pulmonary emboli soon
after battle, injury. Ann. Surg, 171:336‐346(1970)
4)日本赤十字社:「放射線照射輸血用血液」の製剤ラベル・添付文書のお知らせ(1998.6)
5)H. Ohto:Gamma radiation dose not prevent transfusion induced HLA alloimmunization.
Transfusion, 37:878‐879(1997)
6)Hume H.A., et al.:Letter to the editor. Transfusion, 38:413‐415(1998)
7)Hume H.A., et al.:Hypotensive Reactions: a previously uncharacterized
complication of platelet transfusion? Transfusion, 36:904‐909(1996)
8)石田明,半田誠:(2)血小板輸血に伴う即時型副作用の解析.プロスペクティブスタディー,日本輸血学会雑誌44(3):376‐379(1998)
9)Takahashi TA, et al.:Quality of platelet components, the role of suspension
medium and leukocyte depletion. Transfusion Clinique et Biologique, 6:481‐487(1994)
10)Morris. K, Bharucha C.:Influence of Filtration on Platelet Transfusion
Reactions. European Journal of Medical Research, 2:523‐526(1997)
11)倉田雅之他:血小板輸血時のアナフィラキシーショックの発現に白血球除去フィルターの関与を証明し得た一例.第38回日本臨床血液学会総会:13‐15(1996.11)
12)柴雅之,田所憲治他:非溶血性輸血副作用.治療学31(5):31‐35(1997)
13)日本赤十字社中央血液センター:赤十字社血液センターに報告された非溶血性輸血副作用.輸血情報(1997)
14)Heddle N.:What causes reactions to platelet concentrates‐the plasma
supernatant or the cells. Biol Clin Hematol, 17:41‐45(1995)
表1 症例の概要
No. |
患者 |
副作用 |
備考 |
性・
年齢 |
使用理由〔患者名〕 |
経過及び処置 |
1 |
男
40代 |
血小板製剤に混入する白血球により引き起こされる非溶血性発熱反応,同種免疫等の副作用の防止〔急性骨髄性白血病AML‐Ml〕 |
通算4回目の白血球除去フィルター使用の血小板製剤輸血時において,輸血開始5分後に気分不快,顔面紅潮,腹痛を訴え,血圧が66mmHg(収縮期圧)まで低下した。輸血を直ちに中止し,抗アレルギー剤,抗ヒスタミン剤,副腎皮質ステロイド剤等を投与したところ,3時間後に症状が軽快した。翌日,前投与を実施し白血球除去フィルター使用による血小板製剤輸血を開始したところ,開始10分後に前日と同様の症状が発生したため輸血を中止した。副腎皮質ステロイド剤,抗アレルギー剤,昇圧剤を投与したところ,20分後に血圧が正常に,そして7時間後には気分緩和を確認した。 |
企業報告 |
2 |
女
70代 |
血小板製剤に混入する白血球により引き起こされる非溶血性発熱反応,同種免疫等の副作用の防止〔骨髄異形成症候群〕 |
通算5回目の白血球除去フィルターを使用し輸血を実施,輸血5分後発疹が出現した。輸血5〜10分後に気分が悪くなり吐き気,嘔吐を認めた。輸血15分後気道閉塞,意識喪失,失禁,血圧低下が起こった(この間4単位分を輸血)。救急部スタッフが往診し,エアウェイにて気道を確保,酸素吸入を行い,コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウム1000mgを静注した。1時間後,脈拍安定,意識は戻るが,再度嘔吐(吐物に血液が混ざる)があり,胃粘膜の出血と考え,絶食中心静脈栄養投与にて処置した。1週間後まで酸素吸入を継続,3週間ほど中心静脈栄養投与を継続したが,粥食を経て,症状は23日後の時点で完全に回復した。 |
企業報告 |
併用薬:ペニシリン製剤,カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム,トラネキサム酸,アスコルビン酸,グリチルリチン・グリシン・システイン配合剤 |
3 |
男
30代 |
輸血時の洗浄赤血球製剤からの白血球除去〔悪性リンパ腫〕 |
以前から白血球除去フィルターを用いて血小板製剤の輸血を数回受けていた患者に対し,同様に白血球除去フィルターを用いて洗浄赤血球製剤の輸血を実施したところ,輸血開始約5分後アナフィラキシー様ショック(呼吸困難,胸部苦悶,眼球上転)が発現した。血圧は120/70mmHgから60/測定不能mmHgまで低下した(心拍数144)。直ちに輸血を中止し,コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウム500mgを投与したところ,15分後に回復した。 |
企業報告 |
4 |
男
70代 |
術中の出血による血圧維持のための自己血輸血に赤血球製剤用フィルターを使用〔閉塞性動脈硬化症〕 |
大動脈・大腿動脈バイパス術中の血圧維持のため,白血球除去フィルターを使用して自己血輸血(希釈式)を行ったところ,輸血開始3分後に血圧低下(収縮期圧が100mmHg→50〜60mmHgへ低下した)を認めた。輸血を直ちに中止し昇圧剤(塩酸エフェドリン5mg,塩酸フェニレフリン0.1mg)を投与したところ,1分後に血圧が回復した。10分後,輸血を再開したところ再び血圧低下を認め,収縮期圧100mmHg以下となった。直ちに輸血を中止したところ血圧は回復した。 |
企業報告 |
併用薬:マレイン酸エナラプリル,テプレノン,ベンズブロマロン,トリクロルメチアジド |
5 |
女
60代 |
白血球減少症の治療のため〔再生不良性貧血症〕 |
ステロイドパルス療法開始4日目,通算5回目の白血球除去フィルター使用の血小板製剤輸血を実施した。輸血1分後,全身痙攣を発現した。直ちに輸血を中止し,コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウムを静注及びIVHから投与した(各500mgずつ)。その後,呼吸停止したため気管内挿管したが,血圧降下しショック状態となった。1時間後,コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウムを投与したが反応せず,その後2回にわたって昇圧剤を投与(エピネフリン,エピネフリン+炭酸水素ナトリウム)し,蘇生術(心マッサージ)を施したが効果なく,その2時間後に死亡した。 |
企業報告 |
併用薬:コハク酸メチルプレドニゾロンナトリウム |
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