平成10年3月30日
医薬品等安全性情報147号
骨セメントの股関節への使用時における血圧低下,ショックについて
1. 骨セメントの股関節への使用時における血圧低下、ショックについて
該当製品一覧:
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一般的名称
該当商品名 |
一般的名称 |
該当商品名 |
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CMWボーンセメント タイプ1RO(寿医科商事、デピュー・ジャパン) |
CMWボーンセメント タイプ3(寿医科商事、デピュー・ジャパン) |
セメックスRX(佐多商会) |
セメックス システム(佐多商会) |
セメックス アイソプラスチック(佐多商会) |
エンデュランス ボーンセメント(デピュー・ジャパン) |
サージカルシンプレックス(ファイザー製薬) |
オステオボンド コポリマー ボーンセメント(ブリストル・マイヤーズスクイブ) |
レギュラーボーンセメント(ブリストル・マイヤーズ スクイブ) |
L.V.C.ボーンセメント(ブリストル・マイヤーズ
スクイブ) |
類 別 |
医療用品4 整形用品 |
適 応 |
人工関節の固定等 |
年間推定出荷額:19億円
股関節に障害が起こった場合、人工関節等のインプラント材を生体骨に固着するため、骨セメントと呼ばれるアクリル樹脂が用いられる。
骨セメントの使用に伴い急激な血圧低下、ショックが発現することについては、以前から指摘されており、これまでに使用上の注意の改訂を行うとともに、医薬品副作用情報第116号(平成4年9月)において、症例の概要を紹介し、注意喚起を行った。
しかし、その後も、骨セメントを使用して、血圧低下、ショックに至った症例が、因果関係が不明なものも含め、平成4年9月以降これまで17例(うち13例が死亡)報告されている。
このうち、ブリストル・マイヤーズ スクイブ(株)が輸入販売している骨セメント「オステオボンド コポリマー ボーンセメント」を大腿骨置換術に使用した患者に、短期間(発売開始~約半年程度)のうちに3例の血圧低下、ショックを伴う死亡例の発生が、昨年11月に報告されたため、当該企業により自主回収が行われるとともに、発生した3例の死亡症例の概要及び「当面の間、本品の股関節部位への適用を見合わせること」についての情報提供が行われた。
骨セメントは、股関節置換術に必要な場合もあることから、使用上の注意の重要な基本的注意の項に現時点において得られている知見に基づき、使用に際しての注意事項を記載して注意喚起を図ることとした。
なお、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(株)の「オステオボンド
コポリマー ボーンセメント」の発売再開にあたっては医療機関への情報の周知徹底と不具合発生症例の全例把握が必要であるとされた。
【本文】
情報の概要
骨セメントを使用した大腿骨置換術で起こる急激な血圧低下,ショックについては,平成4年9月発行の「医薬品副作用情報No.116」で「骨セメントと血圧低下について」として報告症例の概要を掲載し,骨セメント製品の「使用上の注意」の改訂を指導するなど,注意喚起を行ってきた。
その後も骨セメントを使用して血圧低下,ショックに至った不具合症例が報告され,骨セメント共通の問題と考えられるため,「血圧低下,ときに重篤な循環不全に至るリスクよりも有効性が上回る場合にのみ使用すること」をはじめ,骨セメントの股関節使用時における重要な基本的注意を記載すべく,骨セメント全製品について「使用上の注意」の改訂を行うよう指導を行った。
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(1) 経緯
大腿骨頚部骨折や関節リウマチ等,関節に障害が起こった場合,骨頭(大腿骨の上端部分)を切除して人工の骨頭に置き換える人工骨頭置換術や,関節全体を人工関節に置き換える人工関節置換術が行われる。その際,人工関節等のインプラント材を生体骨に固着するため,骨セメントと呼ばれるアクリル樹脂を生体骨内に注入することがある。
骨セメントの使用に伴い血圧低下,ショックが発現することについては,古くは25年以上前から指摘されており,厚生省では平成4年9月発行の「医薬品副作用情報No.116」において,「骨セメントと血圧低下について」として,報告された症例の概要を紹介するとともに,骨セメント製品の添付文書の「使用上の注意」の改訂を行うなど,注意喚起を行ってきた1)。
しかしながら,その後も,骨セメントを使用して,血圧低下,ショックに至った不具合症例が報告されており,因果関係が不明であるものを含め,昭和62年以降の件数は21例(うち17例が死亡)となっている。
なお,昨年11月には,ブリストル・マイヤーズ スクイブ(株)が輸入販売している骨セメント「オステオボンド コポリマー ボーンセメント」を大腿骨置換術に使用した患者に,短期間(発売開始〜約半年程度)のうちに3例の血圧低下,ショックを伴う死亡例が発生したため,当該企業により,専ら股関節部位に適用される「80g粉末/40mLモノマー」製品の自主回収が行われるとともに,発生した3例の死亡症例の概要及び「当面の間,本品の股関節部位への適用を見合わせること」についての情報提供が行われた。
このようなことから,現在までに得られている各種の知見に基づき,中央薬事審議会副作用第三調査会において,骨セメントの股関節使用時の安全性に関する評価と安全対策について検討を行った。
骨セメント使用に伴う不具合症例として,これまでに報告された症例の一部を表1に紹介する。
(2) 安全性に関する評価
骨セメントの使用に伴う血圧低下,ショックは,以前から文献等で報告されている。また,各社が販売している骨セメントの組成等に大きな差はないため,急激な血圧低下は骨セメントに共通の問題であると考えられる。
このような血圧低下,ショックが起こる原因については,
1)股関節の手術中に髄腔内が高圧になって,髄腔内容物が循環系に流出した結果,肺等で塞栓を起こすこと
2)骨セメントが重合する際の発熱が刺激となること
3)骨セメントが重合する前のモノマー成分の作用によること
等の諸説があり,学問的にも議論が分かれている状況にある。また,死亡例には,急激な血圧低下が起こった後,昇圧剤,副腎皮質ステロイド剤等にほとんど反応しないという特徴がある。
骨セメントを使用した際の,急激な血圧低下等のメカニズムの解明が,現時点でも中長期的な課題として残っているが,骨セメントは,股関節置換術に必要不可欠な場合もあり,この治療方法が行えなければ,寝たきりや行動制限の原因になるなど,QOL(生活の質)に大きく影響を及ぼす可能性があることから,当面の安全対策として,現時点において得られている知見に基づく注意事項を添付文書に記載し,注意喚起を行うこととした。
また,股関節部位への適用を見合わせている「オステオボンド コポリマー ボーンセメント」,「80g粉末/40mLモノマー」製品については,粘度の経時変化,硬化の際の発熱(最高温度),モノマー成分の溶出量等について,骨セメントの他製品との比較検討を行ったところ,本質的に違いは認められなかった。なお,本品の販売を再開するにあたっては,医療機関に対し,下記の添付文書の改訂事項等適正使用に関する情報を提供するとともに,当該企業が不具合の発生について全例を把握することが必要であるとされた。
(3) 安全対策
上記の評価をふまえ,「重要な基本的注意」の項を新たに設け,血圧低下,重篤な循環不全に至るリスクが高い患者に対しては,骨セメントの使用による有効性がこれらリスクを上回る場合にのみ使用すること,全身循環血液量を十分に保つこと,急な血圧低下,重篤な循環不全に備えて,緊急対応のできる麻酔医等の監視のもとに使用すること,未重合のモノマーによる毒性影響を避けるためセメントの混合時間を十分にとること,塞栓の可能性のある骨髄組織を十分に除去すること,セメントガン使用時には骨髄腔の遠位端を栓でふさぐこと,及び,セメント充填時に骨髄内圧上昇を最小限にするよう注意することについて,骨セメント全製品について統一した記述で,記載することとした。
(4) 報告のお願い
安全性確保の観点から,骨セメント使用時に血圧低下,ショック等(死亡に至らなかった事例を含む)の発症が認められた場合には,医薬品等安全性情報報告制度による報告をお願いしたい。
《使用上の注意》
〈骨セメント〉
重要な基本的注意 (股関節に使用する場合)
(1) 心肺血管系疾患のある患者,全身状態不良患者,悪性腫瘍の大腿骨転移患者,高齢者,骨粗鬆症患者,副腎皮質ステロイド剤の投与を受けている患者,循環血液量が減少した状態にある患者,低酸素状態にある患者,肥満のある患者については,血圧低下,ときに重篤な循環不全に至るリスクが他の患者と比較して大きいので,骨セメントの使用による有効性がこれらリスクを上回ると判断される場合にのみ使用すること。
(2) 循環血液量を十分に保ち,できる限りより良好な全身状態のもとに使用すること。
(3) 急な血圧低下,重篤な循環不全に備えて,緊急対応のできる麻酔医等の監視のもとに使用すること。また,患者の血圧変化等を継続的にモニターするとともに,重篤な循環不全に備えて治療が直ちに行えるよう必要な準備をしておくこと。
(4) 未重合のモノマーが血管内に吸収され心筋抑制等を起こすことを予防するため,骨セメントの混合時間を十分とり,ある程度重合するまで充填しないこと。(なお,個々の骨セメント製品について,混合の時間,充填までの時間,室温等についての目安を具体的に記載する)
(5) 長管骨髄腔(大腿骨等)に使用する場合,塞栓になる可能性のある骨髄の組織 (骨髄,骨片,及び血液)を十分に除去すること。
(6) セメントガンにより低粘性の骨セメントを大腿骨髄腔に充填する場合には,未重合のモノマー,髄腔内容物の循環器系への流入を可能な限り少なくするため,髄腔の遠位端を栓でふさぐこと。
(7) 骨セメント充填時の大腿骨髄内圧の上昇が呼吸器,循環器に影響するので,減圧のためのチューブを一時的に挿入するなど,骨髄内圧上昇を最小限にするよう注意すること。
〈参考文献〉
1) 厚生省薬務局:骨セメントと血圧低下について,医薬品副作用情報No.116,p20(1992)
表1 症例の概要
No. |
患者 |
副作用 |
備考 |
性・
年齢 |
使用理由
〔合併症〕 |
経過及び処置 |
1 |
女
70代 |
変形性股関節症に伴う右人工骨頭置換術経過及び処置 |
全身麻酔下で,手術は施行された。ボーンプラグを使用し,骨セメントをセメントガンにて大腿骨髄腔に注入した。その際,ボーンプラグが遠位にずれた。骨セメント充填40秒後から血圧低下(40mmHg未満まで低下)が認められ,ショック状態に陥った。手術を中断し,昇圧剤(エピネフリン,塩酸エフェドリン,塩酸ドパミン,塩酸ドブタミン)投与するも昇圧できず,心停止となった。直ちに蘇生術(心ペーシング,心マッサージ)を施すが,心機能回復せず,死亡した。
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企業報告 |
併用薬:セボフルラン,臭化ベクロニウム,エピネフリン,塩酸エフェドリン,塩酸ドパミン,塩酸ドブタミン |
2 |
女
80代 |
左大腿骨頚部骨折に伴う人工骨頭置換術〔解離性大動脈瘤,高血圧,狭心症〕 |
全身麻酔下でニトログリセリン持続点滴を行い,胸部大動脈瘤に対して予防的に低血圧状態(BP120~100/60mmHg)を持続しながら手術は施行された。骨頭摘出後,骨セメント・ステム挿入操作10分前位にニトログリセリンの投与を中止した。ボーンプラグを使用し,骨セメントをセメントガンにて髄腔に注入した。大腿骨ステムの入直後より著しい血圧低下が起こり測定不能値(40mmHg未満)まで 低下した。徐脈になったため,昇圧剤投与(エピネフリン心腔内注入,塩酸ノルアドレナリン,l‐塩酸イソプロテレノール静注)したが,昇圧しなかった。約1時間にわたる蘇生術(心マッサージ)を施すが蘇生せず,心不全により死亡した。 |
企業報告 |
併用薬:セボフルラン,チオペンタールナトリウム,臭化パンクロニウム,ニトログリセリン,エピネフリン,塩酸ノルアドレナリン,l‐塩酸イソプロテレノール |
3 |
女
80代 |
左大腿骨頚部骨折に伴うセメントレスでの人工骨頭置換術の緩み発生の処置のためのリヴィジョン手術〔骨粗鬆症,心不全の疑い〕 |
左大腿骨骨折に伴うセメントレスでの人工骨頭置換術後の緩み発生の処置のためのリヴィジョン手術〔骨粗鬆症,心不全の疑い〕経過及び処置チオペンタールナトリウム及びハロタン投与による全身麻酔下にてプライマリーインプラントを抜去後,セメントガンを使用して左大腿骨髄腔内に骨セメントを注入し,リヴィジョンインプラントを挿入した。リヴィジョン手術のため,ボーンプラグ及びボーンチップの使用は不可能であった。インプラント挿入の数分後,血圧が78/10に低下した。塩酸ドパミン,ノルエピネフリン,エピネフリン,塩酸エチレフリンを静注し閉創したが,20分後に血圧が62/拡張期圧測定不可能にまで低下した。更にエピネフリン,塩酸イソプレナリンの心注,心マッサージを15分間行ったが心拍数が下がった。約1時間,経過観察していたが蘇生せず,死亡した。剖検はしていない。 |
企業報告 |
併用薬:ドロペリドール,クエン酸フェンタニル,塩化スキサメトニウム,臭化パンクロニウム |
4 |
女
50代 |
人工骨頭置換術後の緩み発生の処置のためのリヴィジョン手術〔変形性股関節症〕 |
セボフルラン吸入による全身麻酔下にて手術を開始した。臼蓋用カップの固定に骨セメントを使用したが循環動態に変動を認めなかった。その後,骨セメントをセメントガンにて大腿骨髄腔に注入し,大腿骨インプラントを挿入したところ血圧が40/20に,心拍数が41に低下した。術野をサージカルドレープで覆い手術創を閉じないまま,心マッサージを行いアトロピン0.3mg,塩酸エフェドリン20mg,エピネフリン0.1mgを静注した。更に塩酸ドパミン,コハク酸メチルプレドニゾロンナトリウムを静注,10分後に血圧が100/60,心拍数が130と回復した。その後,手術を完了し,ICU室に移送し塩酸ドパミンの静注を継続した。2日後に一般病棟に戻し,塩酸ドパミンの投与量を徐々に減量した。その後,治癒した。 |
企業報告 |
併用薬:アトロピン,塩酸ヒドロキシジン,ペンタゾシン |
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